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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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ACE COMBAT 6 SS
サン・ロマ強襲後のエメリア軍&ガルーダ隊と、パステルナークの召喚。
捏造を多分に含む。

 


《すべてのターゲットの破壊を確認。サン・ロマの制圧に成功した》
 全機に告げられたゴーストアイの声に歓声が上がる。それも無理もない、敵側の巡航ミサイルが飛び交う戦場を制したエメリア軍兵ににとっては、まさに地獄からの生還を果たしたと言ったところなのだから。その中でもガルーダ隊は、いつものように遊軍として戦場を駆け回りつつも、悪魔の放つ矢を一本でも減らす為にマーカードローンの破壊を重点的に請け負っていた。皆の命を守りきるための、最前線の露払いをなんとか務め終えシャムロックも大きく息を吐く。体は疲れ切っている、が、しかし気持ちは大きく高ぶっていた。
《本作戦の成功により、敵重巡航管制機殲滅の目処が立った。諸君、よくやった》
 なぜなら、ゴーストアイが労ったようにこれでエストバキアの超兵器アイガイオンを打ち破る第一歩を踏み出せたのだから。つまりこれは、グレースメリアへの道程においての大きな一歩なのだ。しかも、先のセルムナ連峰では撤退を余儀なくされたニンバス攻撃下という同条件でありながらエストバキアから飛行場を奪った事実は大きい。エメリアが用意していた対策に効果が認められたという意味以上に、軍全体の士気も上がることだろう。
 眼下の航空基地を満足げに見つめ、エメリアの戦争はここからだ、そう相棒に告げようと口を開きかけたシャムロックの耳にぽつりとつぶやきが響く。
《……綺麗》
 え、と、まさに語りかけようとしていた相手の声にシャムロックは驚く。彼女が、タリズマンがなにに対しそう言ったのかがわからなかった。彼らの下に広がるカヴァリア航空基地は、ハンマーヘッド隊による爆撃もあって破壊されている部分も多く使用の前に修復作業も必要な状況だ。サン・ロマの街にも少なくない被害が出てしまっている。これを綺麗とは、決して、言えないはずだ。
 それになによりも、タリズマンの口数の少なさが気になった。いつもならもっと直接に、思ったことを並べ立てるように語るのにそれきりなにも言ってこない。そんなシャムロックの困惑が伝わったのか、もう一言、彼女は付け加える。
《海だよ、海》
 サン・ロマは港湾都市であり、しかも自分たちは緒戦において味方艦隊の支援も行っていたのだ。なのに、シャムロックの意識は地上の航空基地にばかり向いていて、彼女に言われるまで包み込む海の存在をすっかり忘れてしまっていた。ようやく思い出したそちらに視線を向けると同時に、シャムロックは息を呑む。……タリズマンから言葉を奪っているものの正体が、そこにあった。
《これ、は……》
 自らの光を受けて輝く海へと沈んでいく、赤みを帯びた太陽。ただそれだけのごくありふれた、この地球上で常に、毎日繰り返されているはずなのに、この世の物とは思えないほどの絶景が惜しみなく広がっている。確かにこれを目の前にして、「美しい」という表現以外を必要としないだろう。ましてや彼らはその美を称えるためにいる詩人などではなく、泰然とした空にただ居合わせてしまった戦闘機乗りに過ぎないのだから。
 無線からは様々な通信が聞こえてくる。しかし、いつものようにそれらに茶々を入れることもなくタリズマンはやはり黙ったままだ。……この光景に彼女はなにを考えているのだろう。エストバキアがエメリアにもたらした混迷か、はたまたエメリアがエストバキアに突き返そうとしている運命か。そんな風に思うシャムロックだったが、彼もまた口を噤んだままその光景を目に焼き付ける。どうしてかはわからないが、そうしなくてはいけないと思ったのだ。
《アバランチよりガルーダ。どうした? やけに無口だな》
 それを異変と捉えたのか、しばらくして聞こえてきた怪訝そうな通信は微かに案ずるような響きも含んでいる。恐らく、この作戦に臨むにあたり実行された、彼とワーロック主催のイベントが多少でも影響したのかと責任を感じたのだろう。
《こちらガルーダ1。なんでもない、ちょっと疲れちゃっただけ。なにしろ、どっかのAWACSがドローン墜としと支援を同時にやれとか無茶言ってくるしさぁ》
《君たちなら可能との判断だ》
《実際にこなしてるんだから世話ないな。ついでに、俺たちの護衛までやってくれたんだっけか》
《おいおい、働き過ぎだろガルーダ》
 アバランチの気遣いを感じ取ってわざと大きくため息をつきながら答えたタリズマンに、ゴーストアイが簡潔に答える。その素っ気なさが信頼の証でもあるのだろう言葉をハンマーヘッドとスカイキッドがさらに混ぜ返し、皆の笑いがまた無線に満ちた。
《よし! 帰ったら皆で一杯やろう。今晩は俺の奢りだ》
 今回の勝利に手ごたえを感じたのだろうか、いつになく弾んだウィンドホバーの気前の良い宣言にすかさずアバランチが食いつく。
《一杯と言わず、朝まで面倒見頼むぜ大将?》
《そーだそーだ! 今夜は羽目をはずすぞー!》
《おう、付き合うぜタリズマン!》
《は!? ちょ、ちょっと、お前ら待て!》
 端正な容姿に似合わず酒豪のアバランチと、同じく見た目とは裏腹にうわばみでザルなタリズマンがコンビを組めば本当に朝まで飲み明かされかねないとウィンドホバーの声がうっかり裏返る。ここは、そういった席ではすっかりタリズマンの保護者役になってしまうシャムロックに釘を刺してもらおう、と彼が思った矢先、
《じゃあ、今夜は僕もとことん付き合おうかな》
《あら、じゃあ私もいいかしら?》
《シャムロック、ラナー!?》
 頼みの綱の予想外の答えに続き、なにかと尻に敷かれがちな僚機の楽しげな言葉を浴びてしまったウィンドホバーの声には悲痛ささえあった。が、ラナーはとぼけたように続ける。
《まさか部下に奢らないなんてありませんよね、隊長?》
《いや、さっすが姉御!》
 そんな合いの手を上げたのは彼ら第15飛行隊のもうひとりのパイロット・セイカーで、それがトドメになったのかウィンドホバーはもはや断末魔のうめきを上げるしかなかった。これは帰ったらどんな騒ぎが待っているのかと苦笑しながら、シャムロックはもう一度、沈みゆく太陽に振り返る。世界に等しく降るこの光りを、グレースメリアにいる妻や娘も見ているのだろうか、そう想いながら。

 それとちょうど同じ頃、シャムロックの想いの行く先、遠く離れたエメリア首都グレースメリアにも、夕日に眼を細めているを男がいた。
 彼がいるグレースメリア最大の駅構内の天蓋には、未だに爆撃により破壊された部分が修復もされずに残っている。無論、破壊の爪痕はそれだけではなく街全体にも刻まれており、閑散としたそのあちこちにエストバキア兵が立ち周囲に目を光らせている。それが、この街が『占領下』であることを住人達に強く印象づけ、同時に『加害者』である敵国への憎悪を煽ることは計算済みなのであろう、と男は―ヴォイチェクは自国の体質を思い深く息を吐く。
 今、ヴォイチェクは駅構内のテーブルで、出迎えたばかりの部下と向き合っている。その周囲には護衛らしき兵の姿が見え、その二人―エストバキア空軍の軍服に身を包んだヴォイチェクとその相手がある程度の地位についていることを周囲に物語っていた。
 ヴォイチェクが注ぐ光りから目を落とせば、先ほど到着した列車でやって来た部下、そしてかつての教え子が言われたとおりに背に荷物を入れて席に身を落ち着けたところだった。
「予定よりも早かったな、パステルナーク少佐」
 それを確認して口を開いたヴォイチェクに、パステルナークが、すみません、と肩をすくめる。
「少々、無理を言ってきました。ま、内戦で得た栄誉などこういう時しか使う気もしませんよ」
「君はともかく、機体のほうはまだ到着の見込みが立たないようだ。……しかし、なぜ?」
「遅かれ早かれ、私が送り込まれることは決まっていたでしょう?」
 はぐらかす言葉に、確かにその通りだろうな、と声には出さなかったがヴォイチェクはうなずく。
 彼らエストバキア軍は、一度はエメリア軍をケセド南端にまで追い込んでおきながらその逆襲に足下を掬われてアネアへの再上陸を許し、今現在では破竹の勢いで東進を続ける彼らをアイガイオンの攻撃で阻んでいる状況だ。逆に言えば、アイガイオンのみがこの戦線をエストバキア優位に傾けているわけであり、それをエメリアも充分わかっているらしく、現在、もっとも熾烈な戦況となっているのはアイガイオンの機密情報をめぐる両国諜報部の戦場となっている。
 実際に刃を交えることだけが戦争ではない。しかしパステルナークにそんな世界と縁を結ぶ気は全くなく、ただ戦局悪化に伴い最前線へと送り込まれてきた。それを知っているヴォイチェクは、静かに戦線について話を繋いでいく。その流れの先、ひとつの名に、それまで生真面目に相づちを打っていたパステルナークが笑みを零した。
「エメリアのエース、ガルーダ1、ですか」
「知っているのかね」
「知っているもなにも、私は彼に対抗するために送り込まれてきたのですよ?」
 みなぎる闘志を隠して微笑むパステルナークの、その瞳の奥に燃える炎にヴォイチェクは羨望と、そして寂寥を感じることを禁じ得ない。
 この戦争の初戦においてヴォイチェクはガルーダ1と相対し撃墜され、翼をもぎ取られた。ベイルアウト時の衝撃により杖なくては歩くことも叶わない体となった彼にとって、ガルーダ1は仇敵となってもおかしくない、恐らく周囲はそんな風に考えていることだろう。
「……『彼女』、だ」
 しかし、ヴォイチェクはガルーダ1を憎んではいない。空での交わりは、地に持ち帰るものではないのだ。空戦にルールがなくとも、それがパイロットの、空に囚われた者たちの不文律だと理解できるのは、やはり空から落ちた人間のみなのだろう。ヴォイチェクはただ、パステルナークが燃やしている炎に、同じように身を焦がしたかったと、そう思うだけだ。
「は?」
「ガルーダ1は女性と聞いている」
 表情を変えずに言う上官に、パステルナークは『エストバキア空軍きっての伊達男』らしく、それはそれは、と大げさに両腕を広げてみせる。まあ、実際にひどく驚いてもいたのだ。エメリアの劣勢を覆すだけの戦果を積み上げた存在が女性である可能性をすっかり排除していたことに、妙な自省の念さえこみ上げてくる。
「我がエストバキアをここまで惑わせ苦しめてみせるとは、なんとも罪な女性だ。さぞかし麗しいひとなのでしょうね。なにしろ、エメリア軍の天使でもあるのですから」
「残念だが、容姿についての報告は受けていない」
 敵軍の流行り文句に引っかけた言い方にも、やはりヴォイチェクは冗談とも本気ともつかない返答をするのみだ。それにパステルナークは面白そうに声を上げて笑う。
「はははは! 会うのがますます楽しみになってきました。無理を通した甲斐もあります」
「そうだ。その、無理の理由を聞き損ねていたな」
 改めて尋ねられ、今度はごまかす気はないのかパステルナークは笑みを消して椅子に座り直す。そしてテーブルで手を組み真正面からヴォイチェクを見据えた。
「ガルーダ1は、似ているんだそうです」
「……なんにかね」
 至極もっともなヴォイチェクの返しに、なんだと思います、などと言ってくる。こんな勿体ぶった芝居がかった口ぶりすら嫌みなく似合ってしまうのは、さすが、と言ったところだろう。あいにくと、それに心ときめかせる可能性のある人間はここにはいないのだが。
「中佐は、リーデル大尉をご存じでしょうか」
「ああ……。『彼ら』と共に我が国へ来たパイロットだったか」
 そう言うヴォイチェクの表情がわずかに歪む。
 『彼ら』をひとくくりにする正式な呼称はない。彼らはあくまでエストバキア軍内の一介の軍人であり、研究者なのだ。しかし彼らはエストバキアという国に本来あり得ない存在で、一部の者たちには侮蔑を、敬意を、あるいは畏怖を、様々に複雑化した感情を向けられている。それは結局のところ、彼らがエストバキアに決して溶け込めないだろうことを示していた。また彼ら自身がそれを望んでいる節もあり、かくて『彼ら』を、ベルカからの亡命者たちを囲い込む曖昧な枠組みがそこに誕生した。
 この世界において、エルジア共和国と並び敗戦国というマイナスイメージを強く抱え込んだ、いや、ある意味ではエルジア以上に厭われたベルカ公国。その明確な発露となった二十年前のベルカ戦争後、世界に挑む無謀を可能とした比類無きベルカの技術力と引き替えに『彼ら』はエストバキアに庇護を求めてきた。そしてもたらされた力は、ユリシーズの壊乱を糧に不気味に成長し『将軍たち』の手に収まり、再び実戦へと投入されている。ベルカ戦争にて連合軍側を蹂躙し北の谷に散った未完成の凶鳥「XB-0 フレスベルク」、それが現代に完璧な姿を取り戻した「P-1112 アイガイオン」がその象徴だ。またもうひとつ、切り札として投入が急がれているものもある。
 そして、エストバキアに持ち込まれたのは技術だけではない。その全盛期であったベルカ戦争以前より世界最強と謳われていた伝統のベルカ空軍、そこで育て上げられたパイロットもまた幾人かが亡命を果たしている。パステルナークの言うロレンズ・リーデル大尉はその一人であり、かのB7Rを飛んでいた―『円卓の騎士』であったことを今でも誇る男だ。
「実は、エメリアと直接相まみえるのなら是非とも伝えたいことがあると、『彼ら』に講義を賜りまして」
「ガルーダ1についてか?」
 ヴォイチェクの声は、なぜ、と明らかな疑問を含んでいる。この戦争の相手国エメリアとベルカには深い関わりはないはずだ。それとも、エメリアとオーシア、あるいはユークトバニアの繋がりでも迷妄しているのかと、ヴォイチェクが疑いを持つのも当然だった。
 しかし、パステルナークが続けた言葉はヴォイチェクの想像を遙かに上回る。
「なんでも、先の戦いにおける映像記録でガルーダを見たとかで。その大尉が言うには、彼、いえ、彼女ですか、自分を墜とした鬼神に似ている、と」
「なに?」
「とはいえ、今のままではその足下に及ぶか、といったところだそうですが」
 ベルカ戦争における伝説のエース『円卓の鬼神』。その名にある円卓―B7Rを初め、あらゆる戦場で凄まじい戦果を上げ、畏怖と敬意の狭間を生きた傭兵。その存在が歴史を変えたと言っても過言ではなく、それ以前の戦歴、その後の足取りが一切不明なことも手伝い、最強の戦闘機乗りとして幻のように語り継がれている存在だ。
「大尉だけではなく『彼ら』の中にも鬼神の飛行を覚えている者がいたようです。しかし、あの機体ならば敵ではないとか、蕩々と自慢げに語られましたよ」
 『彼ら』の多くは鬼神を憎んでいる。なぜなら、彼らの企みの多くは鬼神の行動に翻弄され潰えたも同然だからだ。忘却という許しを決して与えないほどの憎悪は、わずかにその面影を持つというまったく無関係の存在にすら刃を振り上げずにはいられないというのだろうか。
 リーデル大尉もその一人なのかはさておき、自分を墜とした者はそんな化け物に似ているというのか、とヴォイチェクは瞬間、戦慄を覚える。だが、それはあくまで一瞬、元パイロットとして、また指導教官としての思考はすぐに冷静な答えを弾き出した。
「鬼神は、いわば突然変異だ。あのようなパイロットはそうそう生まれるものではない」
 資質が同じであったとしても、それを育て上げる環境が異なればすべてが変わる。戦争にて産み落とされる鬼子に必要とされるのは、才を磨く戦局と戦闘、成す要因。そして鬼神を磨いたのはベルカの猛者たちであり、傍らにはこれ以上ない相棒―『片羽の妖精』がいたのだから。
 だがそれにパステルナークは悠然と笑って、テーブルに肘をつきトンと両の手を口の前に合わせる。
「知っています。しかし裏を返せば、彼女はこれから鬼神へと近付いていくかもしれない、そういうことでしょう? 鬼神の隣に片羽がいたように、ガルーダもまた比翼であると聞いていますが?」
「ああ」
「では、条件はこれで揃ったわけです」
 それはつまり、彼が、パステルナークが相対すればガルーダ1がより磨かれてゆくということだ。ひらりと広げた両手の間、不遜とも取れる発言がより深い彼の自信を感じさせ、同時に喜びにも充ち満ちているその瞳にヴォイチェクまた、失ったものへの寂寥を感じる。
「……『彼ら』ご自慢の、君の専用機体の到着はまだ先になる。わかっているだろうが焦らないことだ、少佐」

§

 吐き出した息が白く薄闇に流れていく。シャムロックとタリズマン、ふたり分のそれを照らし出すのは、地よりわずかに顔を出した朝一番の太陽の光だ。一日で一番冷えるだろうこの時間帯、しかも極北に近い位置のアネア大陸の冬という季節に外に出ているのはかなりの酔狂と言えたが、タリズマンもシャムロックも自らの意志でそれを行っていた。
「う~、朝日が目にしみるなぁ」
 しょぼしょぼとした瞳を瞬かせ、タリズマンが呟く。それに、シャムロックがくつくつと笑った。
「まったくだ。こんな徹夜なんて久し振りだよ」
「しかも飲んでなんて、えーっと、上陸作戦成功で騒いだとき以来か」
 サン・ロマからの帰還後、腹をくくったウィンドホバー奢りの宴会はいつになく盛り上がった。日付を越えるあたりから離脱者と撤退者を出しつつ残った酒豪たちで朝まで行われた宴は、先ほど、あまり飲めないながら根性で最後まで残っていた主催が轟沈したことでなし崩し的に終了している。タリズマンとシャムロックはその足で、眠気と酔い覚ましに冷気にあたりに来た、といったところだ。
 大きく深呼吸したタリズマンだったが、さすがに少し寒いな、とぶるりと身を震わせる。吸い込んだ空気は肺を差すかのようで、羽織った上着越しでもその鋭さがわかるほどだ。アルコールが入っているので暖かく感じていたが、思った以上に冷え込んでいるのだろう。
 と、そんなタリズマンの様子に気がついたシャムロックが着込んだジャケットのジップに手を掛けたのを見て、彼女は慌てて手を振る。
「大丈夫大丈夫! だいたい、それ脱いだらシャムロックがヤバイだろ」
「まあ、そうか。寒いならもう中に入ろう」
「ううん。確かに空気は冷たいけど、まだ平気っていうか酔い覚ましにはこれくらいじゃないと。シャムロックは?」
「僕も平気だ」
 言いつつも、シャムロックはつい心配そうな目をタリズマンに向けてしまう。女性であるから当たり前なのだが、タリズマンは彼よりも小柄で線が細いのでひどく寒そうに見えて仕方ないのだ。こういうところが保護者と言われてしまう所以で、タリズマンもそういう扱いを好まないと彼自身もわかってるのだが、目に入ってしまうのだから如何ともしがたい。
「じゃあ、こうするか」
「って、だから!」
 タリズマンがまた抗議の声を上げる。それは、シャムロックが一気にジャケットのジップを下ろしたことに対してだったのだが、彼は気にせずむしろタリズマンの手を取って引き寄せ、その体を背中からすっぽりと腕の中に納めた。そして彼女の前で、出来る限りジャケットの裾を寄せる。
「……おー、あったかい」
「僕もこれなら寒くない」
 悪くない考えだね、と前を見たまま息に近い声で言ったタリズマンは、ついでとばかりにシャムロックに背を預けるようにする。未だにアルコールが残っているせいか、それとも外気のせいか、互いの体温がいつもよりも高いように思え、それがまた心地良かった。
 さすがのタリズマンも、これじゃまるきり恋人同士か親子みたいだと思いはするが、別に嫌なわけでも気まずいわけでも、恥ずかしいわけでもない。シャムロックにだってそんなつもりは欠片もないのだし……いや、恐らく彼の中には多分に親子の感覚があるのだろうが……空では、いつもこうしてもらってるようなもので、その当たり前の中でタリズマンは改めて、世界に夜明けを告げようとしている太陽に目をやる。
「なあ、シャムロック。あの太陽って、昨日、私たちが見た物と同じなんだよな」
「そのはずだけど、なんだか同じとは思えないな」
「やっぱり? 私もなんだ」
 ほんの十数時間前の、サン・ロマ沖の絶景。それを忘れたかのように太陽はこうして昇ってくる。これもまた、ごくありふれた、毎日繰り返されていることなのだが、なにかとても尊いことに思えてくるのはなぜなのだろう。そう考えるタリズマンの髪が、そしてシャムロックの瞳が、一度は沈んだ太陽の光を吸い込み淡く輝く。
 と、そこで聞こえてきた足音に二人が同時に反応する。その視線の先には呆れた顔をしたゴーストアイの姿があったが、それにもまったく動揺せずタリズマンは首をかくりと傾けて、
「あれ? 早いね、ゴーストアイ」
「……そうしていると立派な親子だな、君たちは」
「ああ、よく言われる」
 さすがに上官の前で今の格好はどうかと思ったタリズマンが、苦笑したシャムロックの腕からするりと抜け出す。そんなふたりの様子に、ゴーストアイが大きくため息をついた。
「本当に飲み明かしたのか。呆れるな」
「言わなくても顔にそう書いてあるって。一応、明日、じゃない、もう今日だけど、作戦行動に影響がでないことは確認済み」
「そうでなくては困る」
「そっちはどうしたんだ? こんなに朝早くに外に出てくるなんて」
 シャムロックの問いかけに、ゴーストアイがそのしかめっ面を真面目な物に変えた。
「諜報部が幾人か、例の重巡航管制機の情報を得るためにエストバキアに潜入していることは知っているな。彼らから夜明け前、ひとつ、重要な情報が届いた」
 その報告を受けるために起き出したのかと理解したガルーダの二人も雰囲気を固くする。それが彼らに関わるものだからこそ、こうしてゴーストアイが目の前に立ち話をしているのだから。
「あの大型管制機についてか?」
「いいや。そちらもまもなく届くと思うが、今回は別件だ」
 『思う』がそうであって欲しいという願望であることを押し隠し、ゴーストアイは続ける。
「エストバキアの、例の精鋭部隊に新隊長が来る。対ガルーダの切り札としてな」
「新隊長?」
「君たちのエンブレムは目立つからな。先の上陸戦、およびシルワート戦で、エストバキアの連中にしっかりと覚えられてしまったわけだ。狙い通りといったところか?」
 タリズマンが表情を険しくしたのは、はっきりと『対ガルーダ』と言われるなど彼女にすれば思ってもみなかった事態だからなのだろう。しかしゴーストアイはそれに彼なりのジョークで答える。エンブレムなど後からの判別基準に過ぎない。エストバキア兵がその目に刻み込んだのはエメリアのエース達の、その軌跡であり奇跡なのだから。しかし、その片割れの自覚がこうも薄いのだからエストバキアも張り合いがないことだ、と彼は愉快に思い軽く笑みすら浮かべていた。
「なるほど。それは光栄に思っておくとしようか、タリズマン」
「……そういうもの?」
「ああ。君もわかっているだろう?」
 シャムロックの言葉に、やや戸惑いつつもタリズマンが頷く。
 自分たちガルーダ隊が築き上げた戦果はもちろん、戦場における、敵を含めた周囲への影響力が大きくなってきている事実を、シャムロックはとうに自覚していた。セルムナ連峰戦での、マーカードローン撃墜という役割がその良い例だ。タリズマンもまた、先日の一件もあってそれに気がつき始めていたし、単純に己が稼いでいる撃墜数には敵エースが多く含まれているのだから状況としては充分考えられるのか、と思い至る。
 そのガルーダに相対するために送り込まれてくるパイロット。それが名のある歴戦の勇士であることは間違いないだろうし、そんな情報が漏れてくこと自体にも恐らく威嚇の意味があるのだろう。つまりブラフである可能性は限りなく低い。
 そんなふたりを交互に見やり、ゴーストアイは報告にあった一文を静かに告げる。
「エストバキア内戦で『将軍たち』の側につき、驚異的な戦果を上げた男、だそうだ」
 

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