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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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銀魂 SS
土方×そよ。出会いから恋愛自覚の話。第三幕。
同人誌からの再録。


 ただ、忘れられたくなかった。
 かぶき町の女王を名乗った彼女に。そよの世界を広げた彼女、神楽に。
 たった半日過ごしただけで、かぶき町という場所の目まぐるしさと賑やかさはよくわかった。そこに生きていれば、ほんの少しの時間を共有しただけの自分などあっという間に忘れられてしまうかもしれない。……無論、神楽がそんな薄情な子だとは思っていなかったが、それでも不安だった。それほどにそよは神楽が大切だった。
 その気持ちさえ、神楽が与えてくれたもの。『将軍の妹姫』としての生き方しか知らなかったそよの心に神楽が根付かせてくれたものなのだから。
 神楽との一件以来、そよは頻繁に江戸の町の視察を希望するようになった。しかし兄である将軍はそよが外の世界に興味を示すことにただ驚き、重臣達は渋い顔をするばかりで一向に許可を出してくれない。それは、当然と言えば当然だった。姫君は城で大人しくしているのがこの国の仕来りなのだから。
 陰口を叩かれ時にはあからさまに罵られても、そよはただ己のしでかしたことを詫び、次には根気よく同じことを願い続けた。それを見かねて、かえってまた脱出でもされてしまうのではと進言した者がいたらしい。数ヵ月後、ようやく許可を得て、ほんの数時間だけお忍びで江戸の町を歩く際の護衛には、やはりそよの希望で真選組が当てられた。
 将軍家直属の護衛隊はもちろんいるし、懇意の柳生一門に命じれば真選組以上に腕の立つ者達を即座に派遣してくるだろう。兄の言い分はもっともだったが、そよは首を横に振った。
 それらの人達は、そよをあらゆる物からどこまでも保護しようとすることだろう。それこそ視界に入るものすら、だ。それはそよの望むところではない。
 そしてなによりも、真選組は神楽を知っている。神楽も真選組を知っている。
 これが、そよにとっての自分と神楽を繋ぐ最後の糸。この糸を手繰り寄せることこそが、真選組との接触の、最初の目的だった。
 しかし、それはすぐに変化していく。
 すぐに神楽と再会できるなどとは思っていなかった。少しずつ少しずつ、将軍家の姫君が下界に出ることを当たり前にしていくという気が遠くなりそうなことを始める気でいたそよにとって、真選組との接触は大きな契機となる。
 真選組の構成員は、誰も彼もが一癖ある者ばかり。有能だが個性的すぎる面々がよくこうもまとまって機能しているものだと、城内部の天導衆や重臣達の水面下の陰謀を眺めてきたそよにはいたく不思議だったが、やがてわかった。すべては局長の近藤の人柄にある。大なり小なりの差はあるが、彼らは幕府のではなく近藤の刃たらんとしているのだ。
 ……これこそが、本来あるべき将軍家の姿ではないのだろうか。この国に住む人々のために、時には刃となり時には盾となれる存在。それが為政者であるはずだ。そのためにそよができることもあるはずだ。少なくとも、大奥の醜い争いに嫌気が差して傍観しているだけの日々など、無意味だ。
 そよ個人が将軍家のためにできること。それは当初の『姫君が下界に出ることを当たり前にしていく』ことにある程度は一致した。今一度、将軍家が国の……おかしな話ではあるが、味方、であることを民に知らせるのだ。
 真選組の面々は、幕府から『芋侍』と呼び捨てられる自分達に降って来た姫君自らの警護願に、さすがに最初のうちは緊張し警戒していた。が、ただの好奇心以上のものを以って城を出てきて物怖じすることもないそよに感心し、次第に接し方を変えていく。
 一年後には、そよと真選組の間にはちょっとした絆が生まれていた。同時に、『将軍様の妹君』の評判も変わり始める。『酢昆布好きの庶民派姫君』から『見聞を広めようとする勤勉な姫』へと。驚いたことに、その影響か将軍までが町へと出る機会を作り、更にそれをきっかけにそよは神楽との再会を果たすことができたのだった。

§

 その日、そよは以前から予定されていた幾度目かの視察のために真選組屯所に入った。兄を心配させないため、そして重臣達に難癖をつけられないためにもかぶき町内部にはなかなか行けない。神楽に会うのは、偵察方である山崎に頼んで連絡を取り付け、屯所まで足を運んでもらうのが常だった。
 無論、そよは神楽に会うためだけに外に出てきているのではない。江戸の町のあちこちを回り、自分の兄が治めている国をよく知ることにも熱心だった。けれど、やはり一番の友達、そしてその保護者である銀時や新八に会うのは、なによりの楽しみだ。
 が、今、屯所の奥、中庭に面した広い一室に戻ってきた山崎は、申し訳なさそうにそよに頭を下げた。
「すみません、姫。今、万事屋の三人は出払ってるそうです」
「そうなのですか。お忙しいのですね、さすが女王さん」
 そよのどこか的外れな感嘆に、山崎はうっかり微笑みそうになって慌てて頬を引き締めた。が、それに気がついたのは傍に控えていた近藤で、はっはっは、と代わりに大きく笑った。
「姫様、いまだにあの娘のことを女王と呼ぶんですな」
「私にとっては『女王さん』ですから。神楽さんご本人も喜んでくださいますし。でも、おかしいのでしょうか? 友人をそう呼ぶのは」
「いえいえ、そんなことは。渾名みたいなもんでしょう? 友達に渾名なんてよくあることです」
「渾名、ですか。……はい、そうですね。今度は神楽さんに私の渾名をつけてもらいたいです」
 ニコニコと話すそよに、この人は変わったなぁと山崎は感動すら覚えていた。歳相応になったと言えばいいのか、最初の頃に感じた壁のようなものはすっかり消えている。それを端的に示しているのがそよの神楽への呼称だろう。『神楽様』が『神楽さん』になり、そのうち、その神楽がそよを呼ぶように『ちゃん』付けする日すら来そうな気がする。まあ、その前に神楽以外も『さん』と呼ぶようになってほしいというのが山崎の本音だったが。育ちと礼節の問題とはいえ、一国の姫に『様』と呼ばれるのはこそばゆい。
 そして……そよも。自分が変わったと思っていた。
 近藤には大らかさと優しさを習った。沖田の無茶さとその影に垣間見せる人情も少し分けてもらった。山崎の能力とひた向きさは尊敬に値するし、他の組員達ともできる限り接してきて、そのすべてに素直に良かったとそよは思う。今のそよへの、ひいては将軍家への民の印象が良くなってきているのも、その証拠だ。
「山崎様、ありがとうございました」
「い、いえ! えっと、お登勢さんに行き先を一応聞いたのですが、ここ数日はほとんど家を空けてるそうです。なにか大きな仕事を引き受けたのかもしれないですね」
「あいつらが?」
 低い声と共に、部屋の隅、寄りかかっていた壁から身を起こしたのは土方だ。それまで土方はいつも通りの仏頂面で、近藤とそよの会話にも、山崎が部屋に来てからここまでのやり取りにも加わらず黙っていたが、ようやく口を開く気になったのは山崎の報告にどこか引っかかるものがあったからだ。
「山崎、ちょっと来い」
「あ、はい」
 有無を言わさない雰囲気に、山崎はカクカクとうなずいて土方に従って部屋を出た。その土方は、そよが明らかに不安そうな顔をしているのをチラリと視界に納めたが、あえてすぐ目をそらし、戸を後ろ手に閉め声を潜める。
「連中、他にあのババァに言付けはしてなかったのか?」
「もちろんそこも聞いてます。それで、新八君が『もしかしたら騒ぎが起きるかもしれないから用心しろ』と言い残したそうです。もっとも、お登勢さんもなんのことやら心当たりがなくて困惑してました。かぶき町じゃ騒ぎなんて日常だし」
「……そうか」
「なにか気になるんですか?」
「あの三人がそろって消えるのは大抵、厄介事でだろうが。しかもかなりの大事を起こすこともあるしな。念には念を入れろだ、今回の視察は見送ったほうがいいか」
 険しい顔をした土方に、そんな大げさな、と山崎は内心で呆れていた。真選組の網に特に怪しい情報も引っかかっていないし、姫はそう機会のない視察をとても大切にしているのだから、山崎としては中止にはしたくなかった。
「でも、姫が残念がりますよ?」
「そりゃそうだろうな。だが後のことを考えられねぇほど抜けた頭じゃねぇよ、あの姫さんは……」
「副長! 局長にも、すぐにお耳に入れたいことが!」
 まるで計ったようなタイミングで土方の言葉をさえぎったのは、廊下を走ってきた山崎配下の伝令役の組員で、その顔色は山崎でもわかるくらいに緊急事態を物語っていた。

§

「……雨、降ってきましたね」
 江戸の町に降り注ぎ始めた雨は次第に勢いを強めていた。縁側に立ち、にわかに掻き曇った空を見上げて、そよは不安げに瞳を瞬かせる。
 そよには詳しく告げられなかったが、慌しく挨拶をし出て行った近藤や山崎の様子でなにかあったのだろうことは明確に伝わっていた。おまけに事態を揶揄するように天候が異常な崩れを見せている。
「にわか雨でしょう」
 一歩引いた、庭に向かって開かれた戸の横に控えた土方は、この天候がにわか雨ではなくどこかのテロリスト崩れ共と万事屋連中の争いが元と報告で知っていた。三人は今回も、いつのまにやら巻き込まれて江戸を賭けて戦う羽目になったクチらしい。なんというか、本当に詮なき連中だと土方は心で独り言ちる。
 他の組員は近藤、山崎に率いられ戦闘部隊と諜報部隊に分かれてほぼ出払っている。本来ならば土方もだが、そよという賓客の護衛のために数名を従えて屯所に残っていた。
 そよが空から目を落とせば、かすかに水気を帯びて重くなった髪が肩から数房こぼれ落ちた。今日の視察は恐らく中止だろう。それは、非常に残念ではあるが、仕方のないことだ。一時の感情で今まで積み重ねてきたものと今後を棒に振ってしまうわけにはいかない。それがわからないそよではない。
「空も暗くなってきましたね。まだ日が落ちる時間ではないのに」
 土方の返事はなく、そよは少し困ったように身を包む華美ではないが贅沢な着物の袖を無意味に撫ぜる。……ああそうだ、今日は服を見に行こうと神楽さんと約束していたな、急に思い出して少し空しさが増した。
 そよにとって、真選組の中で土方だけはどうしてか話し辛い相手だった。なにを話題にすればいいのかわからないし、土方は話題を振ってくれるどころか必要がなければ口を開きもしない。初めて車内で会話したときは感じなかった息苦しさが、この一年の間に育ってしまっていた。
 土方が無愛想とは山崎によく聞かされる事だし、沖田は、あの人は万年思春期なんで扱いに困ってるんじゃないですかィ、などと言っていた。まあ、さすがにそれはないと思うが―確か土方は二十代だったはず―そよとしては、相手に非はないと思っている。一時期は嫌われたのかとも考えたが、こうして直接の護衛役を引き受けているところを見るとそれはないようだし……理由が見えないからこそ悲しく、そしてどうしようもなかった。
 それでもそよは何気なさを装って後ろを振り向き、土方を見る。
「土方様。最近の女王さんのご様子など話して頂けませんか?」
「特に変わりないようでした。……また沖田と喧嘩したとかで、付近の建物数個に被害を出してくれましたが」
「まあ、お元気ですね」
 微笑むそよに、笑い事じゃありません、と言いたげに土方はむっつりとした顔になる。それに気がついたそよは慌てて、
「ごめんなさい。あの、決して土方様の苦労を考えていなかったわけではありません。私にとって神楽さんは、いつもお元気で、あの、沖田様も楽しそうにしてらっしゃったので」
「謝られる必要はありません。こちらこそ失言を」
「そんなことは!」
 首まで振って土方は悪くないと否定し、そよはまた庭へと視線を逃がした。雨脚はますます強まって来て、地面を叩く水音がはっきりと聞き取れるほどになっている。そのまま、雨音が辺りを支配し、それに紛れ込ませて、どうしたらいいのだろうとそよはため息をつく。
「会いたいのですか?」
「……えっ!?」
 話しかけてくれたのだと理解するまでに、一瞬の間ができた。土方はこういった質問ですら必要なときにしかしないのだから。が、それが土方の機嫌を損ねてしまったかもしれないとそよは焦る。幸い、雨音のせいで聞き取り難かったと判断したのか、
「貴方と、初めてお話ししたときのことですが」
 土方はもう一度、今度は別のことを口にした。
「あのとき、もし貴方が帰りたくないと願えば、あの娘は全力でその願いを叶えたことでしょう」
「そう、ですね」
「……だが貴方はそれを望まなかった」
「ええ」
 キュ、とそよは胸の前で、指が白くなるほど強く手を組む。
 それはわかっている。人間ひとりを抱えて軽々と行動してみせたときから神楽は只者ではないと思っていたが、親しくなり夜兎族だと打ち明けられて納得がいった。神楽が本気になれば、本当にそよを数日の間なら自由にできただろう。少なくとも、あの場を切り抜けることくらいはこなせたはずだ。
 だが。
「すごく、楽しかったんです」
「……あの娘といた時間が、ですか」
「はい。初めてのお友達と、女王さんと過ごした楽しいひと時を壊さないことが、あの場で私にできる唯一のことでした。そして……その先を考えることができると教えてくださった女王さんに報いたい。だから、です」
 いつのまにか、庭から土方に向き直ってそよはそうはっきりと告げた。それは、どこか苦手意識がある相手であっても、いや、だからこそ、土方にはきちんと告げておきたいと思ったからだ。
「……なるほど」
 そのそよを見下ろしての相づちから、土方の感情は汲み取れなかった。かっちり着込んだ制服、そのポケットに突っ込んだ手も動かない。呆れたのか、困惑したのか、感心したのか。できることならば土方の心の内を知りたかったけれど、そこまでを望むのは……なんだろう? そよは己に少し戸惑い、次の瞬間、少し理解できた気がして目を瞑った。
 この人は、護衛だ。だからここにいてくれるのだし、話しかけもしてくれるし、友達のことを聞いてくれ話題にしてくれもするのだ。……勘違いしてはいけない。それがこの人の仕事なのだ。
 そよが目を開けば、先ほどと同じ板の床が視界いっぱいに広がる。そこからまた庭へと顔を向け、それから鉛色の空を見上げた。
「女王さんは、きっと今日も、かぶき町を守っているのですね」
「かもしれません」
「守るって、どんな気持ちなんでしょう?」
「それは貴方もご存知ではないですか?」
 え、と振り返ったそよだったが、やはり土方は先ほどと大して変わりない顔をしている。ただ、ほんの少し口元が柔らかくなっているのは、そよの気のせいなのだろうか。
「そこでは濡れてしまいます。中へお入りください」
「あ! はい!」
 雨は容赦なく、桶をひっくり返したような状態にまでなっている。江戸の町を覆い尽くす雲は厚くなる一方で、まるで嵐でも近づいているかのようだ。確かにこのままでは濡れてしまう、と、促す土方の横をすり抜けて、そしてすぐ後ろに気配を感じつつ、そよは中へと戻る。続いてパタンと軽い音がして部屋が暗くなった。
「土方様?」
「お座りください。今、軽く明かりを入れます」
「……はい」
 ハッとなったそよだったが、なんのことはない、そのままにしていては雨が吹き込むと土方が戸を閉めただけだ。なにを動揺することがあるのだと、言葉の通り、そよは大人しく用意された席に座った。
 ちらと土方を見れば、片隅に用意されていた小振りの行灯に、懐から出した火元で灯を入れていた。流れるような動作に、いつもはあれで煙草に火をつけているのだろうな、とそよは思う。結局、今まで土方のその仕草は一度も見たことはないが、さぞかし様になるのだろうことは想像できた。
 まだ夜ほど暗くなっているわけではないといえ、部屋がやや明るく照らし出される。コトリと行灯を手に下げた土方が振り返りそよへと歩み寄ることで、光と影がゆらゆらと緩やかに踊った。そんな些細なことが、今更ながら妙にそよの心に訴えてくる。
「失礼致します」
 そよが壁に刻まれる舞踊に意識を奪われている間に、土方はそのすぐ傍にまで来ていた。あれ、とそよが思う間もなく、その前に行灯を置き腰に帯びた刀を鞘ごと引き抜くと、行灯を挟んだ格好で土方はドサリと胡坐をかいてその場に座る。
「あの、土方様?」
 土方とそよがここまで間近になるのはあの時、車内で話したとき以来だった。意図が読めずに戸惑うそよに、土方は傍らに刀を置いて姿勢を正す。
「守るとは、こういったことでしょう」
「え?」
 行灯に、土方の姿が照らし出される。決して良いとは言えない、むしろ『鬼の副長』の名に相応しい目つきをしている土方だが、今はそこに炎が、真意が烈火の如く灯って見えるのは明かりの具合なのか、それとも常に押し隠している土方の心が滲み出ているからなのだろうかと、そよは目を離せずに思う。
「俺は、貴方をお守りします」
「私を?」
「方法は貴方の、自分の思い出を守ることとは違う。俺には俺の理由があり方法があります。貴方が自らの立場を理解し、なお歩む道を見失わずにいるのならば、俺は貴方が先へと進めるようにするだけです」
 ゆらりと、どこかから風が吹き込んだのか灯が揺れた。いや、それは気がつかぬうちに乱れたそよの呼吸のせいで、土方の顔に深い影を、そして瞳に、更なる炎を宿す。それは射抜くようにそよの瞳の中にも飛び込んできた。
 ここまで真っ直ぐにそよを見る人が、かつて、いただろうか。
 理解を示し、そのための行動まで……そよの知らぬうちに起こしてくれていた人が。
 そよは生まれたときから、鳥籠の中で守られるべき人間だった。誰もそよに自らの足で進むことなど望まない。ゆえに城を逃げ出せば疎まれ、こうして視察に出ることも、世間に対する象徴として機能していればいいだけの人形以下の存在へと貶める画策が裏に働いているだろうことも、そよ自身、薄々気がついていた。
 けれど、この人は違う。土方は、そよがなにをしたいのかわかった上で、この道を行く灯火になろうと、覚悟を以って任に当たると、そう言ってくれたのだ。
 そして、そよは理解する。そうだ、本当になんのことはない。土方との間にできた壁のようなもの。そこには本当に、土方の非はなかったのだ。
 ただそよが、一方的に恐れただけ。この土方十四郎という男に嫌われるのが怖い、と。
 土方はあくまで、近藤を自らの大将と定め、近藤が仕える幕府に従っている。そよのことを姫と呼び護衛するのもその延長だ。土方自身がどう判断し、なぜこうしてそよ個人に守ると言ったのか、それは別としても……その刃は今をもっても、そよがために振るわれるのではないのだろう。
 それは充分にわかっている。けれどそよは無意識に、どこかしらで、己にはない土方の苛烈さを欲して隣を歩いてくれることを望み、しかし、その望みにこの人が感づいてしまうのが怖かった。なんと自分勝手な女だろうと見下げられてしまうのではないか、と。だから必要以上に接することがないようにしていたのだ。親しくはなれずとも、嫌われることもない。正と負、どちらの意味であっても特別になることがないように。
 けれど多分、それはもう駄目だ。この人はもう、とっくに知っていた。愚かで臆病だったのは私だけだと、それすらもこの人の理解の内だったのだ、とよそは唇を震わせる。
 そしてなにより、ひとりの人間として土方を慕っているのだと、そよ自身が知ってしまったのだから。

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