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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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ACE COMBAT 6 SS
大量破壊兵器無力化ミッション後
シャムロックとゴーストアイ、パステルナークとトーシャ
捏造を多分に含む



 フォートノートンからの帰還後、エメリア軍が駐留する基地は当然ながら大いに盛り上がった。これでもう行く手を阻むものはなにもなくなった、次こそはグレースメリア奪還だとそれぞれが意気込み、肩をたたき合い幾度も励まし合う騒ぎは飽きることなく数時間続き、ひとしきりの熱気が収まった後の人気のないレストルームには、シャムロックとゴーストアイの姿だけがあった。
「わかってはいたが、この国の軍人は馬鹿騒ぎが好きな連中が多いな」
 デブリーフィング後、ゴーストアイ曰く『いつもの三馬鹿』―空のタリズマンと海のアバランチ、陸のワーロックというそれぞれの組織きってのお祭り好きが音頭を取って騒ぎは始まり、その名付けた本人もうっかり巻き込まれ慣れないことに疲れ切った表情をしていた。
「いいじゃないか。いよいよなんだからな」
「いよいよなんだ。少しは決戦に向けて落ち着いて体を休めることも視野に入れてほしいのだが」
「無理な注文だ。第一、君だって帰還時は随分と声が弾んでいたけどな?」
 それは、とゴーストアイが少々決まり悪そうに目をそらす。彼といえども、ついに首都を目の前にし、しかもここまでの道程を乗り越えてきた戦友達との絆を確かめ合った直後となれば高揚を隠すのはなかなか難しいだろう。そんな上官にシャムロックはくつくつと笑い、ぐるりと何気なくレストルームを見渡す。そしてその最後に、隣の空席で視線を止めた。
 少し前までここに座って―時々、椅子の上に立ったりもしていたが―皆と幾度も杯を重ねていた相棒は、今も場所を移して騒ぎを続けているのだろう。なにしろ、少し抜けると言ったシャムロックに、早く戻らないとその分奢らせるからな、なんて言っていたのだから。
「どうした、さては隣が寂しいのか?」
「ああ、少しな」
 先ほどの仕返しとばかりにゴーストアイが言うと、どこか思わせぶりな返事が来る。……それを合図と取ることができたのは、互いの意図をどこかで理解し合っていたからだ。ゴーストアイの表情が、その『目』が冷徹な指揮官のものへとすり替わるのを確認しシャムロックもまた腕を組んで彼に向き直る。
「僕に話、とは? タリズマンはいいのか?」
「タリズマンに関しては難しい部分もあってな。ひとまずシャムロック、君に聞いておきたい」
 そこでいったん言葉を切り、ゴーストアイはその手を顎にやる。そして、慎重に慎重を重ねた様子で再び切り出した。
「先の作戦中にタリズマンが言った『罠』とは、どういう根拠だ? 君ならばそれがわかる、わからずともタリズマンの思考の推測は可能だろう」
「推測もなにもない、もちろん今回の作戦のことだ。話ができすぎていて逆に疑わしいって、僕もタリズマンも思っていたんだ。これはエメリアではなく、僕たちそのものに対して仕掛けられたものかもしれないと」
 確かに大量破壊兵器の触媒は、ある意味では実際に使用することも前提とした囮だったのだろう。存在するうちはエメリアに対する抑止となり、破壊しに来る部隊があればあった墜として交渉の口実とし、それがもしガルーダであるのならその場で殲滅作戦へと切り替える。だからこそ、あの場にあれだけのエストバキア航空部隊がつぎ込まれたのだ。
「でも、考えすぎだったみたいだ。この戦争の『脚本』を綴った人間なんて、いないんだ」
 だが、ガルーダを追いつめこそしたものの、予想を上回る数の援軍が駆けつけてしまいエストバキアの作戦は失敗に終わった。それはつまり、この作戦は“敵国のエース部隊を墜とす”エストバキアの罠であり、エメリア内部で“戦争を終結に導く英雄を排除する”なんらかの力が動いていたわけではない証明となったのだ。
 そういった意味合いを含んだシャムロックの言い回しに、ゴーストアイが深く頷く。さすがに察しの良い彼はそれだけでシャムロックの考えを理解していた。
「なるほどな。随分と深読みしたものだ」
「僕たちも、理由なくそこまで考えたわけじゃない」
「では、その理由とはなんだ?」
「引っかかったことがあるんだ。報告はしたが、例の重巡航管制機撃墜時に聞いた『ベルカ』だ」
「……やはりそこから連想したか、ベルカ事変を」
 この場にタリズマンが呼ばれなかったのは、ゴーストアイも話が『ベルカ』に及ぶであろうことを予測してだったのだろう。深く息を吐きテーブルに肘を突き考え込むようなポーズを取った彼に、シャムロックは遠慮なく質問を投げかける。
「エストバキア内にベルカの勢力がある?」
「恐らくは。エストバキアがかつてベルカの亡命者を受け入れたことは確認されている。今回だけでなく、内戦においても東部軍閥にベルカの技術が投入されたとなれば、エストバキアの兵器の水準の高さも頷けるな」
 だが、とゴーストアイの指がコツリとテーブルを打つ。
「エストバキアを指導する『将軍たち』そのものがベルカに操られているかは不明だ。この戦争の混乱に乗じて探らせてみるしかないが、ここから先は政治の世界になる。我々が派手に動くわけにもいかん」
 だろうなとシャムロックも頷き、そしてまたつい隣に目をやってしまった。タリズマンがいないこの場で、彼女の知らない彼女自身のことを語る。そんな己の行動こそがなにより隣の空白を強調しているのだと知っていつつも、しかし躊躇うことはなくシャムロックはゴーストアイに再び視線を向け続ける。ただ、その声がいつになく潜められていることに本人は気がついていない。
「なら、タリズマンとベルカになにか関わりは?」
 そう、エメリア自体にベルカとの関わりがないのだとしたら、タリズマン個人になんらかの繋がりがあると疑わざるを得ないことになってしまうのだ。シャムロック自身は、これは言い掛かりに近いもので、ましてや彼女に背信行為ができるわけがないと知っている。しかし、それはあくまで個人の感情論であり軍、そして国家という巨大な組織においては黙殺されてしかるべきものに過ぎない。
 ならば、いざというときは組織から自らを切り離すしかないのか。そんなシャムロックの懸念に対しゴーストアイは首を振った。
「恐らく、ない。こちらはそう判断した。タリズマンはユリシーズによって肉親と引き離されて孤児院で育った。エメリア国籍を取得した記録は間違いなくあるが、あの時代の混乱は並みではないからな、それ以前について辿るのはもはや不可能だ。しかし、外見、身につけている習慣などの特徴からしてベルカやウスティオ、ゲベート、ノースオーシア辺りの出身とは到底思えない。入隊後の素行調査でも、一度も問題は認められていない」
「それに考えてみれば、あのパイロットはタリズマンを『鬼神の亡霊』と言ったんだ。ベルカに伏せ、と。これはタリズマンを仇と見ているってことになるんじゃないか? この鬼神は……流れからして、まず間違いなくベルカ戦争の『円卓の鬼神』だろうからな」
 つまり彼はタリズマンを鬼神の傍流と見なしていたのだろうとシャムロックは結論づける。亡霊という特徴的な表現が意味するところは不明だが、なにか掴んでいないかと今度は声に出さないまま問いを向けられたゴーストアイは、またもや首を振った。
「それについてはまったくわからんな。まず鬼神の正体が不透明すぎる。ベルカ本国においてはあの戦争の資料は過剰に隠蔽、廃棄され、雇い主のウスティオにとってはただの一傭兵に過ぎず、滞在したという基地からは空爆により一切の資料が焼失している。口伝えに残っている情報としては、TACネームは『サイファー』、当時二十代半ばの男性、外見は東ユージア系であったと」
「東ユージア系? それは確かか?」
 タリズマンが遥か東の国々の血を引いている確率はかなり高い。鬼神もまた同じくだというのならば、そこに接点があるのか。思わず身を乗り出したシャムロックだがゴーストアイの声色は変わらないままだ。
「言っただろう、所詮、噂程度のレベルだ。なにしろ真偽は別として、鬼神について最も詳しい資料は結局のところ例のドキュメンタリー放送という有様だからな」
「そうか……」
 予想はしていたが、やはりなにもわからないままか。シャムロックは安堵と落胆が混じり合った複雑な表情になる。
 20年前にベルカの空を看取り消えていった鬼神と、16年前、ユリシーズによりエメリアの空に導かれたタリズマン。その間に、エストバキアすら巻き込む深い縁など見えてこない。しかし、だからといってこのまま放置しておけば、これはいつかなにかしらの因果となって彼女を絡め取るやもしれないのだ。
「しかし、ひとつ、あくまで個人的な推測でしかないのだが、気になることはある」
「なんだ?」
 それを見過ごすことを許せるはずもないシャムロックにとって、自身とは違う大局を見る『目』の推測となれば充分な情報となる。期待がこもった彼の声にゴーストアイが顔をあげ、そしてまた慎重に言葉を選んで続けた。
「以前、東部防空軍内に組織されていた傭兵によるアグレッサー部隊を知っているか?」
「……知っているが、数年前に解散したんじゃなかったか?」
「そうだ。それも特に問題を起こしたわけではなく単純な軍の方針転換による解散だが……タリズマンが第8航空団配属になる前、そこに、師と慕った人物がいたらしい」
「ああ、それは僕も本人から聞いたことがある。『師匠が飛び方を教えてくれた』とね」
「確かにタリズマンの現在があるのも、連中が実践に基づく飛行を叩き込んだ訓練のおかげかもしれん」
 しかし彼女の師匠は軍内の教官ではなかったのか、道理で心当たりがないはずだとシャムロックは内心で納得する。確かに言われてみればタリズマンの、立ち塞がるものはすべて薙ぎ倒さんばかりの姿勢―それの端的な例が、初めて組んだ空でのエストバキアエース撃墜だったとシャムロックは思ってる―や奔放な飛び方は、背負うものなくそれぞれの信念だけを携え、敵を屠ることを生業として空へと上がる傭兵達のそれに近いのかもしれない。シャムロックは話に出ているアグレッサー部隊との訓練経験も、傭兵と呼ばれるパイロットたちと組んだこともないのであくまで推測ではあったが、目にしてきた多くの資料からそういった印象を受けた。
「しかし、それが?」
「何度か関わったが、さすがに練度の高い部隊だった。年齢に相応しい多くの経験を積んだベテランもいて、それがベルカ戦争に“参加した”人間だったとしてもおかしくはない。そういう印象を受ける程度にはな」
「参加した?」
 言われたことが呑み込めず、そのまま聞き返すしかないシャムロックを揶揄することは誰にもできないだろう。言った本人のゴーストアイでさえ、自身の、多少よく表現するのなら洞察力、しかしはっきり言ってしまえば豊かすぎる想像力に少しの馬鹿馬鹿しさを感じているのだから。
「まさか、その師匠が鬼神だとでも?」
 生きて伝説の介添人になるなど平凡な人間に許されるはずもない。どこかに存在する彼らと同じ空を見上げその欠片を手にすることだけは平等であっても。……そう思っているからこそ凡庸であることを許容して人は歩んでゆけるのだ。シャムロックもまたその内の一人であり、だから十数秒かけてようやく至った考えにまじまじとゴーストアイを見るしかなかった。
「冗談がきついぞ」
「ああ、証拠どころか根拠もない世迷い言だな、自分でもそう思う。しかし、だとしてもおかしくないと思えてしまうのは、なぜなんだろうな?」
「…………」
「それに、重ねて言うがあくまで個人の推測だ。いままで口に出すのも憚ってきたほどのな」
 そしてゴーストアイは立ち上がり、話はこれで終わりだとばかりに言い放つ。
「しかしそれならそれで問題ない。ただの個人の過去でしかないからな」
 それに対するシャムロックの返答は、ついにその場に響くことはなかった。


§


「それで作戦は失敗、か」
「はい」
 なるほどな、と愉快そうに肩を揺らし声を殺して笑う、滑走路に置かれたデッキチェアでくつろぐシュトリゴン・リーダー―パステルナークを、傍らに立ったシュトリゴン12―トーシャ・ミジャシクは複雑な表情で見つめていた。
 アイガイオン墜落時の一件で謹慎処分が下されたパステルナークだが、その後、主戦場以外に懲罰的な意味で投入され、その戦果とモロク砂漠での敗戦―司令部はそう言わないが、トーシャはあれは決定的な敗北であったと思っている―を契機にシュトリゴンの隊長に復帰している。その乗機も彼が以前より搭乗していたSu-33から調整を終えた専用機ノスフェラトに戻されており、すでに出撃の準備は万全に整っていると言えた。
 しかし、最後の砦となったグレースメリア、その防衛の任に着く彼らシュトリゴン隊は、二度目のガルーダ殲滅作戦となったフォートノートンでの戦闘には投入されなかった。もっとも、そのこと自体についてトーシャは内心では安堵している。この街を死都へと変える非道な作戦は、わかっていても、人間としてなかなか納得できるものではない。
「この戦果でガルーダは堂々と戦線に復帰できる。さすがに天使は強運だな、言ってみれば神のご加護というわけだ」
 パステルナークが敵国のエース・ガルーダ1を『エメリアの天使』を呼ぶのはトーシャも知っていた。だがこのエ・エ戦争をまさに初戦から戦い抜いてきたトーシャにすれば、ガルーダ1は決して天使などではない。
 トーシャにとって、自身をここまでのパイロットに育ててくれた恩師であり、同時に内戦での活躍を認めシュトリゴン隊に抜擢してくれた恩人でもある前任のシュトリゴン1・ヴォイチェク。彼を地へと貶めたのは他ならぬガルーダ1であり、トーシャ自身もその際にあとわずかで撃墜されるのではないかというところまで追い込まれた。熟練の僚機を従え、人を地へと縛るすべてから解放されたように放埒に飛ぶその機動は未だに忘れることができない。そして同時に、ある種の羨望すら感じさせた。
 トーシャが知る『空』は常に灰色の戦場だった。彼はそもそも、ユリシーズ落下の混乱と内戦で荒れ果ててゆく母国を憂い軍へと志願し戦闘機パイロットとなった身だ。本来の姿であったはずの青く穏やかな空など知らないし、故郷を遥か下に見守り微笑む余裕などあるわけがない。エストバキアに新しい明日をもたらすことを信じ同国の人々とただひたすらに戦い続け、いつしかエースと呼ばれるようになり、そしてここにいる。
 だが、かのエース、ガルーダ1はどうなのだろう。『天使』を育んだのだろうエメリアの大地にユリシーズは墜ちず、空は砕かれることもなかった。美しい風景を当たり前に見下ろし、約束された輝く未来を目指しどこまでも続く空を舞う楽しさを知っている、だからこそガルーダはああも自由に飛べるのか。
「おい、トーシャ。そんな顔をするな。せっかくの良い男が台無しだ」
「……隊長に言われたくないです」
 彼なりに部下の気をほぐそうとしてくれているとわかるから、トーシャもまたそれに合わせ憮然とした表情で答えてみせる。それにパステルナークに言われるまでもなくトーシャもわかっている、これは考えても仕方のないことだと。結局のところ、トーシャにとってガルーダ1は死を告げる翼持つ羅刹でしかないのだ。
 そして告死鳥はついに戻ってきた。また再び、グレースメリアの空を羽ばたこうとしている。
「ようやく再戦となりそうだな。まったく、じらしてくれるよ。もっとも男を待たせるのは良い女の特権だ、文句は言えないな」
 くっくっく、とまた笑いながらパステルナークは実に楽しそうに言った。それを、トーシャは不思議に思う。
 このパステルナークは一度ガルーダ1を撃墜している。それが、この男がシュトリゴンを率いる限りは負けはないと、モロクにおいてすう勢が決するまでトーシャが思えていた要因のひとつだ。だが仕留め損なったことは確かで、しかもガルーダ1はまったく挫けることも怯えることもなく空に舞い戻り、さらに大胆不敵となった飛行でラグノ要塞を陥落、今回は二機を殲滅するには多すぎるほど投入された航空部隊を相手に増援が来るまで見事耐え抜き、逆に全滅の憂き目を見たのはエストバキア側となったのだ。
 それを悔しいと感じないのか、とトーシャが訝しむのも当然だろう。そんな彼の思いを知ってか知らずか……恐らく知ってはいるのだろうが、パステルナークは目を閉じてラジオに耳を傾ける。そこからは、彼がグレースメリア駐留となって以来お気に入りの、敵国のゲリラ番組である自由エメリア放送のDJ・ゼットのトークが流れてきていた。
《聞いたかいグレースメリアの皆! 俺たちの期待に応えて怒濤の進軍を見せてくれたエメリアの天使達が、ついに首都のすぐ傍までやって来たぜ。エメリアの夜明けは近い! もちろん、それを見せてくれるのは我らがガルーダ隊さ。ガルーダが金色の王様を背に乗せてこの街に帰ってくるんだ、今度も期待しちゃっていいんじゃない?》
 エメリアの優勢がそのまま乗り移ったかのような勢いのゼットの語りをそこまで聞き、パステルナークは目を開いた。そして、グレースメリアの早春の青空を見つめる。
 ゼットはあの日、この空がニンバスの炎に焦がされたエメリア軍のグレースメリア撤退時、ちょうど生放送の番組を担当しており、頭上の空軍の必死の攻防をその目に見て市民に伝え続けた。そして青き鳥の紋章を頂く戦闘機が、素人でも凄腕とわかるエストバキアのエースを華麗に打ち倒すところを目撃したのだと自慢げに語っていたのを、パステルナークは何度も聞いている。その後の数ヶ月間、もはや信じられないことになってしまったがエメリアが劣勢を極めていた頃から、ゼットの語りは今と同じく軽快であったこともトーシャなどから聞かされていた。
 それはゼットなりの信念であったのだろう、とパステルナークは思う。エメリアの空の守人としての意地を示し去っていったガルーダに応えるべく、ゼットは決意と想いを込めてこの国の人々に語り続けてきたのだ。ガルーダが、天使に率いられたエメリアの鳥たちがこの空に戻ってくる日まで決して折れるな、と。彼らを信じ続けよう、と。
「天使の翼はエメリアのために羽ばたき、エメリアを救う。この街の皆がそれを信じているし彼女自身も疑いなど持たないのだろう。……羨ましい限りだ」
「え?」
 なにを言われたのか理解できずトーシャがきょとんとした顔で聞き返すが、パステルナークは彼から視線を背け反対側へと首を動かす。その先には、佇む彼の翼、与えられし吸血の徒『ノスフェラト』があった。
 この機体の、一機にて戦線を維持することをコンセプトに築かれた性能は『彼ら』……ベルカよりの亡命者達の妄言などではなく、まさに次世代制空戦闘機の名に相応しいものであることは、ガルーダとの一戦で証明された。しかしその代償としてこの機体が乗り手に要求するものもまた破格であり、並みのパイロットでは戦闘はおろかただ飛ばすことにも相当な訓練を必要とする。そのため結局、この戦争に間にあったのはこの一機のみに留まったわけだが、それでも充分だ。
 そう、パステルナークにとっては充分なのだ。これ以上、ベルカの妄執に取り込まれる人間があってはならない。
 今回の焦土作戦も、それを利用したガルーダ殲滅のプランも、『彼ら』によって『将軍たち』に上申されたものだという噂はパステルナークの耳にも届いていた。そしてそれが真実に近いだろうことも、リーデルの最期を知る彼にはわかる。
 リーデルはそもそも、一時期ベルカを離れ『国境無き世界』に参加していた経緯を持つと本人がパステルナークに語っていた。が、『国境無き世界』の甘美かつ空虚な思想を『円卓の鬼神』に打ち砕かれて以降、命を賭けた革命から生還してしまった彼が縋ったのは愚かしいまでの憎悪であり、それはやがて彼が倦んだはずの祖国、そこからの脱出者の狂気と出会い止まることなく歪んでいってしまった。七つの核で自国の大地を焼き尽くすことすら躊躇わなかったベルカの狂気は、それほどまでに時を経ても彼らの中に胎動している。そしてここに至った『将軍たち』も、その狂気に身を預けることでしか正気を保てなくなっている。
 ゆえに、パステルナークは確信していた。この戦争はまもなく終わる、エストバキアの敗北を以て。
 もはやエメリア軍を止められる者など、それこそ天使を加護する神くらいしかいないだろう。こうも美しいまでに整えられた物語において、シュトリゴン隊が演じる配役はもう決まり切っている。となればパステルナークに残された選択肢は、エストバキアの血を吸って育ったベルカの牙をどう活かすかということくらいなのだ。近く起こるグレースメリア防衛戦……エメリアにとってはグレースメリア奪還戦となる戦いで、『鬼神の亡霊』などではない『エメリアの天使』と再び対峙するときに自身が取るべき行動を、すでにパステルナークは心に決めていた。
 だがそれを、死への恐怖と胸に抱く使命感、そして空と愛する者への想いに引き裂かれ苛まれる目の前の若者に告げる必要はない。だからパステルナークはまた余裕のある笑みを浮かべ振り返る。
「気にするな、独り言さ。ところでトーシャ、ヴォイチェク中佐を知らないか? 先日から姿が見えないんだが」
 謹慎処分の件やグレースメリア防衛戦、そして秘めたる決意について、終わりを迎える前にヴォイチェクには伝えておかねばならないことが多くある。だがそのヴォイチェクはふつりと姿を消した。いくら広い基地内とはいえ、意識して探してみて会えないのはおかしい。だが尋ねられたトーシャも表情を曇らせ、知りません、と答える。
「中佐は情報将校として着任されていますから、グレースメリア防衛に関してとか、なにか極秘の任務でここを離れられたのかもしれませんね」
「ふん、なるほど。となれば、こちらにはなんの連絡もなくて当然か」
 だとしても、なにか急すぎやしないか。それとも最期に向けてまた何者かが脚本を書き換えたのか。そんな予感にパステルナークは肩をすくめ、そしてまた、相も変わらずテンション高くしゃべり続けるDJゼットの語りに耳を傾ける。
 この声を聞けるのも、あと数日なのだろうか。珍しく感傷的な気分に浸ってしまったパステルナークは知るよしもなかったのだ。情報将校であるがゆえにヴォイチェクが行方不明であることが伏せられており、その彼がグレースメリアの地下深くに閉じ込められ、そこで出会った、黄昏の時代を逞しく生き抜いてきたストリートチルドレン達と心を通わせていることなど。


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