風色サーフ 妄想メモ的文章
クラウスルート、if生存ED
エリカ・アレーニアという少女の第一印象に多く上げられるのは、その髪に飾られたリボンだろう。整備士という仕事に不釣り合いにも見えるそれは、一種の抵抗だったのかもしれない。女性であることを忘れることなく男性に混じって従事する彼女へ向けられる、奇異の目線への。
しかしそれが彼女によく似合うことは間違いない。王都でも評判の整備士であり、見た目だけならば美少女と言っていい―ただし口を開いたとたん、機械と仕事が中心の会話と思考がそれを粉砕するのだが―エリカを口説こうとする男の中には、彼女のシンボルとも言えるリボンを贈る者も多かった。さらに、そんな男達の独占欲を笑えるほどに表していたのは、その色に、決して赤が含まれなかったことだろう。まあ、エリカ本人は、そんなことには露ほども気がついていなかったが。
エリカの髪を飾っているのは常に赤、ないしはそれに近い色だ。その理由を尋ねたら、きっと年頃の彼女は困った顔をして『なんとなく』とでも答えるのだろう。もしくは『好きな色だから』か。更にその理由を問う者がいたとしても、彼女は答えなかっただろう。
「正直、複雑だった」
目の前でそう言って微笑む人―クラウス・ウーデットが、その理由なのだから。
「え?」
「軍にやってきたお前を目の前にしたとき、変わらず髪にリボンがあったことが、だ」
その時を思い出したのか、クラウスが目を閉じて続ける。
「軍属の兵士、しかも整備士としてやって来たお前が、あの頃と同じようにリボンを身につけている。……私の記憶にある小さなお姫様のままなのか、アントニーに鍛えられた職人なのか、判断がつきかねた」
「…………」
なんと言えばいいのかわからず、エリカは黙ったままだ。すみません、でも、おかしいですか、でも、言い返し様はあったけれど、そういうことをしないほうが……この人を、もっと『見る』ことができる、そんな風にも思ったのだ。
エリカの意図の通り、クラウスは返事がないことに戸惑ったように顎を引いた。視線は、身長差のある分、エリカをずっと上から見下ろしている、が、その心の位置は恐らく同じだ。それを望んだのは他ならぬクラウスなのだから。そして数ヶ月間の軍属生活が、エリカをクラウスと同じに位置にあっさり押し上げてしまったのだからなんとも皮肉だ。この少女を、少女の家族を、心が還る場所を護るために彼は軍属である自分を許容したというのに。
奇妙だけれど心地良い沈黙に身を委ねていた二人だったが、やがてそれを破ったのはクラウスだった。
「お前は、赤がよく似合うな」
「はい。知っています」
きっぱりとした返答は、エリカの美しい、そう、かつての姫君の可愛らしさではなく女性の強さを秘めた笑顔と共にクラウスを射貫く。
「だって、貴方が教えてくれたんですよ?」
自分に似合う色だけではない。己を成すアイデンティティの証へと連なった事柄すべて、幼い憧れも、芽吹く恋も、成し遂げる情熱も、待ち続ける勇気も……愛する人と共に生きることも、教えてくれたのはこの人だ。それをエリカはとても喜ばしく思う。そしてこれからも自分のすべてがこの人とあることを感謝したい。誰かには、わからないけれど。
「そうだった、な」
また微かに笑い、クラウスは手を差し伸べる。彼がこうして生きて戦争を乗り越えられたのは、エリカが改良したオオルリのおかげだ。いつのまにか姫君は昇華していたのだ、空へと飛び立つパイロット達を護る女神へと。ならば自分はその騎士になるのだろう。ただ……これから顔を合わせることになっている幼馴染みとその夫、イコールでエリカの両親にどんな顔をしたらいいのかと思うと、少々頭が痛い。そんなクラウスの心理を見抜いたかのように、扉の向こうから声がかかる。
「あ、準備できたみたいですね。行きましょうか」
そしてアレーニア家の居間の扉が、ゆっくりと開かれた。
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