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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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ACE COMBAT 6 SS
Mission1直前、タリズマンと名も無き整備兵

 荒れた自身の吐息はそのままに、タリズマンは両腕を地に投げ出す。腕に、背中に、全身に感じるのはコンクリートのざらつきで、鼻孔をくすぐるのは嗅ぎ慣れた『空軍基地』の煩雑な匂い。瞳を閉じれば汗が額からこぼれていくのがわかる。まあ、額だけでなく全身が汗だくなのはわかりきっていたことだが。
 大きく息を吸い、吐く。心地の良い疲れに満たされた体、その隅々まで酸素がいきわたっていくのがわかるような気がしていた。もちろん錯覚なのだが、心行くまで走りきった後のこの鋭敏な瞬間がタリズマンは好きだった。
「ふー……」
 もう一度深呼吸したあと、子供のように足を上げ反動をつけて上半身を起こす。目の前に広がるのは、グレースメリア空軍基地第三滑走路だ。タリズマンも、今日は使用予定がないので閑散としたここから幾度か飛び立ったことがある。ただそれは戦場にではなく、哨戒任務であったり演習であったりと極平和な目的の飛行だった。ずっと向こうにある第一滑走路で離陸に入っているのはF-16Cだろうか、きっとあの機体も、今日も定められた巡回路をのんびり飛ぶだけなのだろう。
 まだ息は整わない。流れる汗に構わず、タリズマンは胡坐をかいてただぼんやりと目の前の風景を見つめ続ける。
 選択のひとつとして軍航空学校に入り戦闘機パイロットの資格を得て以来、何度も何度も見続けてきた、この光景。いくら時が流れても飽きることはない、なぜなら、ここには世界のすべてがあるから。
「うわっ!?」
 突如としてタリズマンの視界が白で覆われる。思わず悲鳴を上げた背後で、彼女がよく知った豪快な笑い声が上がった。
「よう、ガルーダの! せいが出るな」
「なんだ、あんたか。びっくりしたぁ」
「お前さん、もうちょっと気ぃ張れや。戦闘機パイロットが敵の接近を察知できなくてどうする」
 彼女の頭にタオルを投げつけてきたのは、ここグレースメリア空軍基地古参の整備兵だった。現在ここに配属されているパイロットでもっとも年若いほうであるタリズマンと、逆に最古参に近い彼では親子ほどの年齢差があるが互いに気にすることもない。タリズマンは受け取ったタオルで、額や首筋から流れる汗を乱雑にふき取りながら相手を見上げた。
「それ、どこの伝説? 今の空戦じゃそんなの気休めにしかならないってよく知ってるだろ、整備さんよ」
「ははは! お前さんが言っても説得力ねぇのな。まーた少佐殿がオカンムリだったじゃないか」
「……私だってレーダー見てるし、それはゴーストアイが……」
 先日の訓練でまた『やらかした』として、少佐である管制官にこってりと絞れらたことを思いだし、タリズマンはげんなりする。敵はちゃんと墜としてるんだけどなぁと口の中で呟いてから、
「ああ、もういいよ。で、ここにいると邪魔?」
「いいや、まったく。しかし、お前さんも好きだね。ガルーダは非番だったろ?」
 うん、そうだね、とうなずくタリズマンに整備兵は苦笑する。このパイロットは休日も大抵基地にいて、暇さえあれば気まぐれなコースで走りこみ、行き着く先の滑走路で大の字になっているのだ。いい歳の女が休みも訓練かよ、しかも地べたに寝転ぶなよ、と本人はちっとも気にしていないところに小言を並べるのは彼女の同期であり相方である二番機パイロットで、それに、走ってばかりじゃなくて滑走路で本とか読んで休んでるときもある、とあさって方面な返答をしたときには、もう周囲は笑うしかなかったのだが、
「パイロットは体が資本、鍛えるのは義務だよ義務! それに、飛んだときに思ったようにやれないなんて嫌だしね」
 そう言って、ぐっと両手にこぶしを握って見せる姿にも、整備兵はやはり呆れた、しかしどこか温かなため息を吐くしかなかった。
「やーれやれ。それで、相方はなにしてんだ?」
「久し振りのデートだって浮かれて出てったー」
「これまた! 戦闘機乗りとなんて女の気がしれない。いざとなりゃ、真っ先に死ぬ役だってのによ」
「ユージアあたりでパイロットならそうだけど、ここなら大丈夫でしょ」
「はっ、それも違いない」
 ユージア全土を巻き込んだ大規模な戦争から十年が経とうとしているが、かの大陸では未だに絶えず小競り合いが続いていると聞く。その五年後に勃発した環太平洋戦争、望まぬうちにその主役となったオーシア、ユークトバニア両国はベルカの陰謀を乗り越えて手を取り合い歩んでいるが、その道は決して平坦なものではない。南半球でもレサスの内戦が泥沼化しているらしい。隣国オーレリアの仲介が功を奏せばいいのだが。
 まあ、そんな話は並べ立てればきりがない。だというのに本当に平穏なものだ、ユリシーズも落ちず平和を守る超大国の仮面もかぶらない、このエメリア共和国は。
 しかし、その後に続いた思いが、期せずしてタリズマンの口からぽろりと漏れる。
「……エストバキアが来ない限り」
「なに?」
 その言葉に整備兵は眉根を寄せる。タリズマン―『護符』というTACネームを持つこのパイロットは、普段の言動からして『飛ぶ』こと以外に興味がないように思えたからだ。それが、エストバキアの名をここで出してくるとは。
 未だに滲んでくる汗が玉になってタリズマンの頬を転げ落ちていく。極北の大陸とはいえ、南に位置し海に面したグレースメリアの夏は暑い。それはエストバキアの地でも同様だろう、同じ大陸にあるのだから。だがひとつの大地であるはずのアネアのうち、エメリアはこの国が生まれた頃のままに美しく、エストバキアには醜い大穴が穿たれている。遥か虚空より飛来した星のかけらによって刳り貫かれた穴は地獄にまで繋がったのか、戦乱を纏った悪魔どもがそこより這い出てエストバキアを混沌の海深くへと沈めた。
「あちらさんはケリがついたと聞いたが?」
 確かに、内戦は収まったと伝えられた。しかし、音もなく這い寄る悪魔を駆逐できたのかは怪しいものだとタリズマンは思う。それは、彼女自身もまた、奴らの存在を肌で感じたことがあるから。
「……わっ!」
 タリズマンが眼を細めた先、彼女の世界のすべてである光景が撓む。それは突如鳴り響いた、耳をつんざくような音のせいか。
「こいつは……」
 基地に轟くサイレンに二人が背筋を伸ばす。これは空襲警報であり……。
「まさか、なんの冗談だ?」
 つまりスクランブルを告げているのだと理解すると同時に、晴れ渡る空に異質な黒点が数個、浮かぶ。あっという間に凶悪な鳥へと化けたそれは、知識として知っているが見慣れないシルエットの戦闘機、エメリア空軍ではすでに退役済みのF-4だ。だがエストバキア空軍では近代化改修を施した上で現役だったはず、タリズマンの思考が瞬時にそこに至ったとき、奴は腹に抱えた矢をグレースメリアに向けて放っていた。
「冗談じゃないみたいだよ!」
 上がる轟音に負けぬように叫び、タリズマンは全身のバネを使って飛び起き走り出した。幸いなことに体調、意識のポテンシャル共に良好、装備さえ整えればすぐにでも飛び立てる。そう判断して彼女は足を止めずに振り返る。
「私も行く! 機体の用意よろしく!」
「お、おうよ! 任せとけ!」
 あいにく僚機はいないが、この事態だ、恐らく上がれば緊急編成が行われる。相手もエストバキアと決まったわけではないが、誰であろうと立ち塞がる者は墜とす、それでいいはずだ。滅多にない実戦に向けて意識が大胆になっているのか、タリズマンはなぜか不安は少しも感じないまま、愛機であるF-15Cの軌跡を早くも空に思い描いていた。
 しかし、これが以後八ヶ月近くに及ぶ戦争の幕開けになり、その果てに自身が『解放の天使』や『黒翼の鳥』などと渾名されてしまうとは、今の彼女に想像し得るはずもなかったのである。


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