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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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真・女神転生if... SS
多人数主人公のオムニバス集


 ―199X年
   東京都 私立軽子坂高校校舎内


 耳に、かすかに何かが聞こえる。
「? なんだ……」
 ちょうど、玄関で上履きから自分の靴に履き替えていた緑山聖児はその音に顔を上げた。2-Cと2-Dの分の靴箱が向かい合わせになったその場所には、今はセージしかいない。首をかしげた耳に響く音が大きくなる、と、突然、地震が校舎全体を襲った。
「うわわ!」
 かなり大きな地震だ。2、3歩たたらを踏んでから靴箱にしがみつき、セージはなんとか地震をやり過ごす。突然起こった地震はこれまた唐突に終わった。恐らく時間してほんの五秒程度だろう。その規模のわりに変に大きな地響きがしたが、セージはそんなことに気がつくこともなく、恐る恐る靴箱から手を離す。余震は、こないようだ。
「ビックリしたな……。えーと……帰ってもいいのか?」
 学校内で災害が起こった場合、すぐに放送がかかり講堂と体育館に集められるのが常だが、今のような、放課後の半端な時間はどうなるのだろう。規模は大きかったが揺れていた時間は少ないし、学校にも街にも被害は早々出ていないだろう、そう思いつつセージは玄関の外を見た。とりあえず他の生徒はどうするのか、確認するためだ。が、
「は? ……なんだ、これ?」
 外が異様に暗い。夜かと思うほどだ。そのせいで、昇降口の明かりが灯っていたことに気がついたが、そんなことはどうでもいい。さっと腕にはめた時計を確認するが、……間違いなく針はまだ夕刻を指している。
(地震のせい、なわけないか。あれ? なんで玄関閉まってるんだ。いつもは開けっぱなし、つか、さっきまで開いてたよな)
 倒れた傘立てから散乱した忘れ物の傘を避け、玄関のガラス戸に手をかけてぐいっと引っ張る。空を見てみれば、星の有無で時間がわかる。しかし、
「……開かない?」
 戸は溶接されたかのようにぴくりともしない。一瞬の間を置いて、周りをばっと見ると他のガラス戸に手をかけた見知らぬ男子生徒も引きつった顔で同じようにセージを見ている。その向こうでは、必死に引き戸を前後に揺らそうとしている女子生徒もいたが、結果は同じで開かないという声がほぼ悲鳴となって聞こえてくる。それは連鎖して、次々に悲鳴が重なり、あっという間に昇降口がパニックになっていく。
「……なんでだ!? 出られないっておい!?」
 その中で、セージが見上げたガラス越しに見える空には、太陽の代わりに赤い月が浮かんでいた。
「一体何が起きたんだよ、おい……っ」

「那賀くんでもわかんないんだー」
「俺ん聞けば何でもわかる思ってんかい」
「だって、難しいこといっぱい知ってるから」
「……はあ、なるほど……」
 本校舎二階、二年D組の教室では、月崎由侘奈と那賀霧絃が他の生徒から離れ教卓に寄りかかっている。離れている理由は明確だ。その辺りには、おかしくなったように騒ぐ生徒、泣き崩れている生徒やブツブツ何事かつぶやいている生徒など完全にパニック状態だからだ。
 その中で、そもそも何事にも動じるような性格ではない霧絃は、数少ないまともな会話の成り立つ、しかし事の重大さがよくわかっていないのん気な相手に呆れたように、
「なんつーか、月さんもここまで来ると大したお人やで」
「むー? そうかな?」
「そうやね、その辺誉め称えたったりたいけど、んな悠長なことしてられへんしな。んでな、さっきん地震もおかしかったわ。揺れ方が、なんつかな、揺れるゆうか押しつけられる感じやったし。で……」
 霧絃が窓の外を指して、ユタナもつられるように外を見る。
 突然起きた大きな地震の後、明らかに全てが狂っている。真っ暗になった窓の外には、周りを囲むはずのビル郡が全く姿を消してしまい何も見えない。紫がかった黒い空に浮かぶ禍禍しい、血で出来たようなまでに赤い月。そして、それ以外の部分は、まるで星のない宇宙のような現実味のない空間が広がるだけだ。だというのに、人が存在できない大気成分ではないし、校舎内には確実に電気が配給されつづけている。
「……これやもん。推測しようにもまだ材料少なすぎやし、皆目見当もつかへん」
「うーん困ったね、帰れそうにないねえ……」
「困ったように聞こえへんで、うりゃうりゃうりゃ~のん気モンが~」
「あうあうあう、困ってるよー! やめてよー!」
 ぐてー、という音でも似合いそうに教卓に突っ伏し足をぷらぷらと揺らすユタナも、その頭をぐりぐりと教卓に押しつけている霧絃も、おおよそ困っているようには見えないが。
「まあったく、月さんはありがたいお嬢さんや……どんな字ん当てはまるかは別やけど」
「ほえ?」
 じたじたと抗議して暴れるのを止めきょとんとするユタナに、霧絃はにやっと笑っただけで答えない。……この状況下で、霧絃がいつも通りの冷静さを保てているのに、ユタナの明るさと天然な発言は確実に一役買っている。が、それは本人に言うことでもないし、そういう関係でもない。もう一度軽くユタナの頭を小突き、
「さーて、ちいっとガッコん中見てこよかの。状況を冷静に見ないことには何も出来へんわ」
「あ、ねえ、じゃあせっかくだし一緒に行こうよ」
「何がどう『せっかく』やねん……。まあ、かまへんよ。お守したる」
「むー! お守ってなに!」
 むくれながらとんと軽い音を立ててユタナが教卓から降りたとき、ザザッ、そしてキンというノイズが走った。ん、という顔をした霧絃にユタナが何も書かれていない黒板の上部を指す。そこには黒い箱状のもの、校内放送のスピーカーが備え付けられている。
「放送じゃないの?」
「よーやっと、校長あたりが重い腰あげたんか」
 断続的なノイズに気がつき、ざわめいていた教室内からさあっと喧騒が引く。放送は全校内に向けたものらしく、同時に廊下からの喧騒もとりあえず収まっていく。一斉に集まった視線の中、だが、そこから響いてきたのは、金属的な校内放送の音声では、なかった。


『我が世界へようこそ……』

『昨日までの、私は非常に優れてはいたが、ただの人間であった』
『だが今の私は、全知全能の力を得た魔界の支配者である』

『ここは……罪の魔界。我が、魔界だ』


 その放送を、2-Dから出てすぐの廊下でじっと聞く一人の少女がいた。紺野真歩である。その瞳は、校舎内のその他大勢の生徒と同じように廊下の天井近くに備えつけられたスピーカーを睨んでいる。
 が、声はスピーカーから響いているのではなかった。いや、校内放送としての音声には違いないが、それだけではない。普段聞きなれている放送の何十倍の、なにか……重々しく生々しい、声。その声に、真歩の脳の中をひとつの思考が占領する。


『魔界の者は私のことを、魔神皇と呼ぶ』


「……人じゃない……これは、人間じゃない……」
 口に出せば、それはもう真歩にとって真実と同意義になった。恐らく、真歩の異常に特化した本能が知っているのだ。この声の持ち主が、自分たちの生死を揺るがす力を持っていることを。そして、自分たちの遥か上位に立つ力の持ち主であることを。
「ダメ……生き残こらなくちゃ……」
 ただそれだけに、特化した本能が、真歩の小さな手を冷たく冷やす。


『学校を魔界に引きずり込んだのは、私の大いなる力をほんの少し使ったせいだ』
『これから君達が生きるも死ぬも、運命は全て私の内にある』


 もうひとり、この放送をみなとは違う意味で聞き入っている少女がいた。
 音楽室のスピーカーを見つめながら、赤根沢玲子はつぶやく。
「止めなければ……」
 この放送の意味を、真意を知るのは、誰だ?
 ならば、この事態を止められるのは、自分だけなのだ。レイコは小さく息を吐く。


『君達が私に逆らうのは不可能だが……』
『せいぜい楽しませてくれたまえ』


 傍らにしゃがみ込む大きな背中に向かい、小野坂愛美はゆっくりと話しかける。
「ねえアキラくん」
 返事はない、が、聞こえていないはずはないから愛美は構わず続ける。
「ここに入る前に、ちょっと考えたいんだけど。さっきの放送何だったんだろう。ここにいる先生じゃなかったし、いつもの放送委員でもなかったし。内容も、よくわかんなかった」
「……」
「マジンノウ、とか、魔界、とか言ってたね。でも魔界なんてない、とか思うけど、外とか見るとなんか信じたくなっちゃう。……もしかしたらこのマンホールも、外に繋がってるかわからないよね」
 そこで宮本明がその折り曲げていた膝を伸ばす。黒髪とバンダナに隠れかかった冴えた目で愛美を見下ろし、それからその仏頂面のままあごでたった今までのぞき込んでいたマンホールを指した。
「……抜け出せば全部わかる」
 愛美がまた視線を向けたそこは、塗り固めたような黒。漆黒、闇色、そんな単語があてまはる黒を、愛美は初めて見た気がする。本当は、ここ用務員室の明かりが差しこんで入り口付近は明るいのだが、そんなことは関係なく、暗い、という印象しか立たない。
 やっぱりおかしい。愛美は眉をひそめる。下水関連施設が詰まることなく使用可能なのだから、ここが外に繋がっている可能性は高いというアキラの推理に納得したからこそ、ここまでついてきた……まあ、それだけではないのだけど。が、この闇はただの、何年も誰も足を踏み入れなかった場所特有の雰囲気を超越した、何かを孕んでいる。そんな気がしてならない。
 そんなことを考えて黙っている愛美のことを、怯えてためらっていると取ったアキラが、その闇に向かい、先に足を踏み出しながら低くつぶやくように、
「……どうする?」
 そんな風に平静を装っている、でも、愛美はそれがアキラにとっての最大の言葉なのだと知っている。アキラはそういう人だ。誰のことも拒否しているから、誰も知らないけど。一緒にいればすぐにわかる……アキラはいつも、何も言わない、これまでもそうだった。
「アキラくん一人じゃ無茶するでしょ?」
 だから愛美は、決めているから、ふんわりと笑う。不安はあるけど、それ以上の何かが自分にある限りその笑顔は曇らない。それは自身の意志を越えた、愛美の強さであり、アキラに別の形をした強さを小さく深く創始する。これ以上に勝ることなど、二人にはない。
「……いくぞ」
「うん」

「あーもう! 来るなら来なさーい!」
 景気づけに叫びつつ、紬原雪都はピッケルを目の前の化け物に向かって構える。叫びでもしないとやっていられない。腹だけが異常に大きく、後の全身が異常に痩せている雪都よりも小柄な異形の者。紫色のそれを目の前にして、恐怖心がないといえば嘘になる。が、ここで怖がってもどうしようもない。そう考えたものの、ピッケルの尖った先を頼りなく見せるには十分だ。おまけにその容姿は雪都の生理的嫌悪を十分に煽ってくれる。
「逃げるよ!」
 その化け物に襲われ、助けを求めていた男子生徒を抱えながら白川由美が叫ぶ。
「ダメだよ! コイツ絶対追いかけてくるって、みんなを巻き込んじゃ、うわっ!」
 ギキッ!
 化け物が振り下ろした、骨と皮と非常に鋭い爪で構成された腕という武器を、弓道で鍛えた腕の力と優れた動体視力でなんとか受け止める。が、純粋な力では、女性である雪都はやはり非力だ。なんとか受け流したものの、反撃出来る余裕はない。
「くっ!」
「紬原、ムチャよ!」
「いーからその人守ってて! あんた武器ないんだから!」
 せめてこちらの武器が部活で愛用している弓ならば、そして距離をとって射ることが出来れば。それならば、作戦はあるしこんな奴に負ける気はしない。が、ない物をねだってもしょうがない。雪都はユミに怒鳴ることで改めて自分をも叱咤する。そして第二撃に備えピッケルを構え直そうとするも、
「ウソッ」
 化け物の方が数段動きが速かった。ユミに気をそらした隙に、その腕が動き出している。すでに受けきれる距離ではないが、何とか避けられる。一瞬でそう判断し、身体をひねろうとする。
「うおおおおりゃあっ」
「!!」
 ドゴン! そんな鈍い音がし、雪都の、いや化け物の真横から何かがその頭を直撃し、振りぬきざまその腕をさらに叩き落した。……それは金属バットで、持っているのは、引きつった顔をした金髪の青年だった。
「マ、マジかよ、コイツっ」
「チャーリー!?」
 ユミの声に、闖入者である青年―チャーリーはそちらに顔を向け、何とか顔を笑いの形に変化させようとするが、ちっとも上手くいってない。と、
「バカ! 邪魔よ!」
 雪都が叫ぶより早く、化け物がダメージから回復する。というより全く効いていないのだ。しかも、ちょうど化け物と雪都の間にチャーリーが入りこんだ形のままで、これでは化け物が上手く目視出来ない。雪都の額に一気に冷や汗が噴出した。
 グアアアアアア!
 化け物が咆哮し、その人間には聞こえない低音の部分の音波が、雪都を、そしてチャーリーの身をすくませようと脳をかき乱す。チャーリーが短く悲鳴を上げて頭を抱えて身を伏せ、それに何とか耐えきった雪都もそれでも体勢を崩してしまう。そして、化け物がその隙を逃してくれるはずもない。三度、爪が、迫る。
「……それしか能ないの!?」
 それでも減らず口を叩きながら受け止められたのは、言葉通り攻撃が非常に単調なおかげだ。が、そこで雪都が気がつく、足もとのチャーリーに。これでは、下手に攻撃を流すことが出来ない。
「っ……!」
 とっさにピッケルを両手で支えたが、力比べの状態になってしまった。これでは不利過ぎる。唯一の利点は、相手の動きをある程度押さえられていることで、横にいるチャーリーが止めを刺してくれればいいのだが、先ほどの咆哮でまだ脳がはっきりしないのか、最悪、腰でも抜けたのか意味を成さない吐息を漏らすのみで、頼りにならない。
「紬原ぁっ!」
「だ……めか……も……っ」
「あ……クソ……」
 ようやくチャーリーが立ち直りかけているが、早くも振える腕を制御出来なくなりつつある。間近で見ると、鋭い上に毒でも塗ってありそうにぬらぬらとぬめるその凶器に、アレで裂かれたら顔に傷が残っちゃうかなあ、何か場違いなことが雪都の脳裏をかすめた瞬間。

 ドスッ!

 ちょうど、化け物の左目に、漆黒の細い棒が突然、生えた。苦しみながらも目を見開いたチャーリーには何なのか変わらないそれは、雪都にとっては馴染み深いもの。同時に、自分の半身とも言える、誰よりも信頼できる人を想起させてくれる魔法の効果のある物だった。
 そして、そこまでを成す術もなく見守っていたユミは、真後ろから放たれた風音に振りかえる。そこに立っているだろう人は、想像できていた。
 張り詰めた、凛然ささえ感じる空気を全身にまとわせて、弓を構えた男子生徒。赤みがかった黒髪も顔立ちも雪都と同じ物を持つその人は、紬原秋都。全国にも名の響く、抜群の弓の腕を持つ雪都の双子の兄は、放った矢が命中したことを確認するとすぐに新しい矢を足元から拾い上げ、つがえ引き絞る。
 それを見ずとも雪都は、自分をつき動かした。秋都が考えていることは、手に取るようにわかるから、身体はすぐ思考に追いつく。……秋都の第一撃は目を狙って、突き刺さっていた。目は、大抵の生き物にとって脆い部分だからだろう。そしてこの化け物は人に近い形を取っている。ならば第ニ撃は……。キシャアアア! 悲鳴を上げてのけぞった化け物の胸、人間でいうと心臓があるあたりめがけて、雪都はピッケルを突き立てる。
「つああああっ!」
 ズブッ。そんな思った通りの音を立てたが、思ったより手応えは軽い。もっと気持ち悪いかと思っていた感触も、藁にナイフを突き刺した、そんな感じだった。倒れ掛かっていた化け物の身体が再び静止し、雪都よりも小柄なその身体がわずかに持ち上げられ中空に浮く。
 ドスッ!
 間髪いれずに追撃をかけたのは、また羽根のある漆黒の棒―秋都の放つ矢だ。今度は生えたのではなく、雪都にもチャーリーにも突き刺さって見えたそれは見事に、正確に化け物の眉間に命中した。同時に、雪都が全体重をピッケルにかけて化け物を床に叩き伏せる。断末魔の悲鳴もなく、床に毒々しい赤黒い液体を撒き散らして、化け物はべチャリと身体を投げ出し動くことを止めた。
「……終わった、かな……」
 それを見下ろして呆然としていた雪都がつぶやく。生き物をこの手で殺した、そういう思いは湧いて来ない。それを合図に、念のためまたつがえていた矢を秋都が下ろし、大きく息を吐いた。雪都もぱっと振り返り、秋都とユミに駆け寄る。死んだ化け物よりも、生きている兄と友人の方が雪都にはよほど重要だった。
「秋都! 白川!」
「ケガ、ないか?」
「秋都のおかげだよ。白川は大丈夫? そっちの人は?」
「ええ……アタシは平気。この人も気絶してるだけよ」
 そのやり取りに、今だへたり込んで唖然と化け物の死骸を見ていたチャーリーがようやくはっとして、
「……っ! テメエ! よく考えたらアッブネエじゃネエかよ! 外れたらドウするツモリだったンだ!?」
「……」
 秋都に向かい怒鳴りながら詰め寄る。言われた秋都は、少し戸惑ったようにチャーリーを見返すだけだ。と、そこにずいっと雪都が割りこんでチャーリーに指を突きつける。
「ちょっと、この金髪オバカ、脳まで脱色しちゃったの? 助けてもらってその言いぐさ? なーんにも役に立たなかったくせにさ、なっさけない。秋都ならアレくらいお茶の子さいさい、へそで茶が沸いちゃうわよ」
「……く」
 役に立たなかったどころか、足を引っ張っていたと言っても過言ではないことは自分でもわかっていたから、反論できない。自分より15センチは小さい雪都にバカにされ、おまけにこちらは15センチ近く長身の秋都もさも当然だと言うように雪都の言葉にうなづくので、チャーリーは真っ赤な顔で歯ぎしりしてそっぽを向く。
「……使い方違ってるからね」
 一応、雪都にツッコミを入れてから、ユミが秋都を見上げ、
「助けてくれてアリガト。サスガ弓道部の双子ね、お見事としか言いようないわ」
「秋都、どこ行ってたの? 教室にいないし」
「これ取りに行ってた、なんか全部が変だから。雪都の分もある」
 手に持った弓を軽く持ち上げて言う秋都の表情が、きっと硬くなる。
「でも、これからさっきみたいなの多そうだから頼らない方がいい。それに矢もあまりない」
「そうだね」
 『これから』。秋都の言った言葉に、雪都もまた、同じ様に表情を引き締めた。

 三階廊下の端、非常階段への出口に、ひとりの人影が静かに存在してた。赤茶色の髪を立てて黒縁のファッションとも取れるような眼鏡をかけたその姿は、乃木島哲平である。
 こうやってたたずむ哲平の前を幾人かの生徒が通りすぎていった。有名な美形の男と子供みたいな女、弓道部の双子の方割れと眼鏡の一年、双子の女の方と長い金髪の女、など。同じクラスの派手な黒井慎二という男や黒髪のやけに暗い眼をした女、妙に眠そうで緊張感のない男なんかも、校舎内をウロウロしている。
 ここでこうやって眺めている限り、そいつらから色々な情報が入って来る。電算室に出現した化け物、体育館にあるオカルト儀式の跡に、狂ってしまった教師・大月。悪魔召喚プログラムにハンドヘルドコンピュータ。この世界を解析し再構築するために必要な情報。
 考える自分の内から、笑みがこみ上げる。
 話を総合すると、この非常口の向こうは『罪の魔界』とかいう異世界で、ここで課せられる試練をクリアし、リングというアイテムを収集した者は元の世界に戻れる、らしい。それを要求しているのは、『E組の狭間偉出夫』改め『魔界の支配者・魔神皇』。やれやれ丸っきりゲームじゃんか、声なき薄笑いを浮かべて、哲平はその黒縁の眼鏡に手をやってくいっとかけ直した。
「でもだ……でもよお? これだけじゃあ、まだ遠いよなあ。だとしたら、動くしかねえかぁ」
 くんっと、その唇の左端が上がった。それは笑みに見えなくも、なかった。

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