忍者ブログ
ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
16
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ACE COMBAT 6 SS
シャンデリア攻落
捏造を多分に含む



 いつだって、この世にあるものたちは淀むことなくどこかへ流れていく。それすらも理解しないままに。
 かつて、タリズマン―“マリア・アッシュ”にとって世界はいつだってどこでだって同じ形をしていた。もちろん世界の定義など語り手によって自在に変化するが、あくまでタリズマンのとっての世界は、空と大地と滑走路と、飛行機。付け加えるならば飛行機の一部としての、人間であった。
 別に彼女はそれで良いと判断していたわけではなく、ましてやそうでしかないと諦めていたわけでも達観していたわけでもない。もっと簡単なことなのだ。すべてがそう『在った』だけ、彼女自身も含めて。

§

《ガルーダ1よりゴーストアイ、シャンデリアのミサイル発射シークエンスパターンのデータをこっちに!》
《……了解した、転送する。全機、ミサイルの処理はガルーダに任せろ》
《ガルーダ1より全機! みんなは冷却装置に専念して、これ以上は一発たりとも撃たせないから!》
《こちらウィンドホバー。まさかとは思うが、タリズマン、あれを直に潰す気なのか?》
《他に方法がある? ガルーダ1より2、私が弾の輸送路につっこんで叩く、周囲の対空砲を! あと爆発に巻き込まれるなよっ!》
《ガルーダ2了解、これ以上グレースメリアを破壊されてたまるか!》

 エメリア軍の到着と同時に、ひとときの微睡みにたゆたうシャンデリアは再び目を覚ました。挨拶代わりとばかりにグレースメリアに向かいスタウロスを発射、それだけでなく衝撃波で周囲をも薙ぎ倒さんばかりの圧倒的な、氷山から身を起こす龍の如き姿に驚愕しているいとまなどエメリア航空隊にはない。シャンデリアを護らんと氷海に展開されたエストバキアの艦隊、さらにシュトリゴン隊が率いる、ここまで温存されていたすべてが投入されたのではないかと思える航空部隊を相手に取った、有史以来最大の空戦と語り継がれる大陸戦争でのコモナ諸島制空戦に匹敵するかもしれない凄まじい密度の乱戦は、じりじりとその数を減らしつつも次第にエメリア有利となっていく。
 最後の舞台に相応しい荒涼とした氷原、そこにそびえる氷山にとぐろを巻いたあまりにも異質な姿を見せるシャンデリア。幾度破壊しても、どれだけの攻撃を叩き込んでも、半ば自壊するように非常用装置を次々と展開する不死の火龍。しかし、見境なく肥大化しついには己にも御しきれなくなった身そのものが弱点、つまり放たれる膨大な熱量を処理する冷却装置さえ破壊すればシャンデリアは自ら加熱し崩壊する。グレースメリアへの砲撃が止んでいたのも、砲身の冷却を優先せざるを得なかったためなのだ。
 偏執的なまでに幾重にも配置された冷却装置に関する情報をエメリア軍にもたらしたのは、メリッサ・ハーマンと名乗る一般人の闖入者だった。彼女が娘のマティルダを通しヴォイチェクなる人物から手に入れたというエストバキア軍の最高機密は、自由エメリア放送の協力を得て、グレースメリアから極北の空をゆくエメリア軍の元へ電波に乗って送られてきた。そしてゴーストアイが一度は敵の罠ではないかと判断しかけたそれは、この火龍の無敵の鱗をすべて引きはがしたのだ。
《敵巡航ミサイル、発射シークエンス開始》
《了解!》
 ここまで共に生き残ってきた戦友たちが冷却装置をひとつひとつ確実に潰していく中、タリズマンはただひたすらに繰り返す。ゴーストアイのコールに、地上からの攻撃に腹を曝す覚悟でシャンデリア下部のスタウロス誘導路へと降下、戦闘機で通り抜けることなど不可能に見える幅しかないそこに潜り込み、送られてくるミサイルの詰まったコンテナを破壊、巻き起こる爆風よりも先に通路を駆け抜け上昇、その先で待ち構える敵機―多くの場合、それは祖国の栄光という虚実に目を眩ませたシュトリゴン隊であった―と交差、交戦しつつ次の発射に備える……。並べ立てれば単純、しかし凡庸なパイロットなら一度で根をあげるに違いない一連の行為は、もはや無心にならねば、そのことのためだけに存在する機械のようにならねばこなせないほどのものと言えた。
 だが、むしろタリズマンにとっては都合が良かったのかもしれない。この戦場になんのために来たのか、自身がいまもって羽ばたく理由がなんであるのか、そんなことを考えなくてすむ。目の前に立ち塞がる敵機が、あのパステルナークの機体が掲げていたものと同じ紋章を閃かせていることも、深く考えないですむのだから。
《よし、すべての冷却装置の破壊を確認した!》
《やったか!?》
 ゴーストアイの報告とシャムロックの勢い込む声に、はたとタリズマンは我に返った。いや、今までも彼らと共に戦い続けてきたのだからその表現はおかしいのだろうが、気がつけば目の前に敵機の姿はなく彼女はそのまま機体を旋回させシャンデリアを横に見て状況を確認しようとし、眉をひそめる。
《砲台が上昇してる?》
 思わず漏れたタリズマンの言葉通りに、シャンデリアは奇怪な唸りを上げてその身を震わせている。断末魔か、あるいは崩壊の予兆かと思われたそれは、しかし、まったく違っていた。シャンデリアは自らの死を予感し、それでも存在を維持するためになりふり構わぬ最後の手段に打って出たのだ。
《非常時に作動する冷却装置か、化け物がっ!》
 ゴーストアイの、らしくもない感情の迸り。常に平静を求められる彼ですら本性をさらけ出さずにはいられない、それがこの荒涼とした終焉の舞台なのだ。しかし己が果たすべき役割については淀みなど持たない彼は、すぐに部下にシャンデリアの状況分析を命じる。
《サーモスキャンデータ確認。……な、これは!?》
 弾き出された結果にゴーストアイが絶句した理由は、タリズマンにもシャムロックにもすぐにわかった。送られてきたデータ上、非常用冷却装置の推定位置を示すマーカーは誰しも考えもしなかった場所に明滅している。それは砲台内部……非常用冷却装置は、未だ多くの武装に守られたシャンデリアの奥深くに隠されていると告げているのだ。
《こ、こんな場所、破壊できるわけがない! そもそもあの砲撃では接近など不可能だ!!》
 セラックの絶望に染まった叫びを否定できるパイロットなどいない。その時、空に生き残っている誰もがそう思った、そう、誰もが。それでも、同じくこの空にある者たち全員に等しくその声は聞こえてきた。
《こちらガルーダ2。僕にまかせてくれ、接近して状況を確認する》
《な、なんだと!? なにを言ってるんだシャムロック!》
《無茶だ! 接近する前に墜とされるのが関の山だ!》
《ガルーダ2より1、単機で降り低空で向かう。……オーケー?》
 ウィンドホバーとブルーマックスを無視し、シャムロックは静かに問いかける。彼の相棒、そしてガルーダの隊長であるタリズマンに。その声はすでに滴るほどの決意に溢れ、問いかけの形を取ってはいたが止めてくれるなという意思表示であることは明らかだ。が、それでもエメリア軍のすべてが、タリズマンは彼を止めるだろうと思った。『ガルーダは常に二機で帰投する』、そう誓っている二人を知っているから、彼女がほぼ勝算のない死と引き替えとなりかねない行動をシャムロックに許すはずがない。たとえ結果として相手に届かずとも引き留めるに違いない、と。
《オーケー。頼む》
《了解》
 ゆえに誰しもが愕然したのだ。なんのためらいもなく即座にそう返したタリズマンにも、短く答えたシャムロックにも。その、空に生まれた一瞬の空白の間にシャムロックの機体がシャンデリアに向かい一直線に降下を始める。
《き、危険だ、ガルーダ2!》
《危険は承知の上……『天使』とダンスだ!》
 引き留めるゴーストアイのうろたえた声にそう言い残し、シャムロックの機体は吸い込まれるようにシャンデリアへと消えていった。

§

《データは受け取ってくれたか!?》
《こちらゴーストアイ。確認したガルーダ2、早く高度を取れ!》
《……もう、推力がない》
《おいシャムロック! 早くしろ、早く!》
《だけど、そんなもの……もう、いらないのかもしれない》
《ガルーダ2!?》
《……ほら、キャノピーの向こうに……》

§

《シャムロック、レーダーから……ロスト》
 無線から爆発音がこだまして、数秒。最初に声に出して確認する行動を取ったのはウィンドホバーだった。これはレーダーの故障であってほしい、あるいはなにかの間違いであってほしい。さきほどの鈍い音を聞いたのもレーダー上でシャムロックをロストしているのも己だけだと笑い飛ばしたい。エメリアのエース、この国を勝利に導くガルーダの一翼が墜ちるなんて、あるはずがない。あのシャムロックが相棒を、タリズマンを残して墜ちるなんて、あるはずが。そんなわずかな願望にすがって誰もが口にしなかった事実は、しかし間違いなくこの戦場の真実なのだ。
《シャムロックが……墜ちた……》
《シャムロック、応答しろ! マーカス、マーカス!!》
 呆然と響くレッドバロンの声をかき消そうというのか、ゴーストアイの取り乱した、もはや喚いていると言ってもいいほどの怒声が無線を埋めた。しかし応答はなく、それがよりいっそう彼の『目』を濁していく。ゴーストアイはある意味、恐慌状態にあった。エメリア軍を支える最も重要な支柱が今、まさに目の前で、この最後の正念場で自ら氷の下へと沈んでいったのだから。
 鳥はどんな節理を以てしても片翼では飛べないのだ。それが神鳥、あるいは凶鳥という人知を越えたものであったとしても。命という概念を内包していようとなかろうと、翼をもがれた『天使』など人間と大差ない『肉』だ。空を目指した驕慢なる人類の還る先は、遙か足下に広がる大地しかない。墜落すれば待つのは死。それはこの戦いの敗北、エメリアの……死。
《全機救助に向かえ! シャムロックは生きている、まだ……》
《黙れ、ゴーストアイ!》
 はからずともゴーストアイの狂乱を断ち切ったのは、たった今、その彼に死を宣告されたはずの存在だった。しかしその声はひとつの焦りも含んでいないし、死に瀕するものでも哀しみに溺れたものでもない。むしろ力強い不遜なまでの生命力そのもの、あるいは言うならば怒り狂いし神の、大地を焦がし海をも乾かす灼熱の吐息のようなそれが、死に焦がれる者から放たれるはずなどない。
《とっととデータを寄越せ! 早く!! 早くしろっ!》
《りょ、了解した》
《……ガルーダ1より全機! データは確認したな、冷却装置は砲台の底部だ》
《こちらアバランチ。確認した。やっかいだが、手が出せない位置じゃないな》
《こっちも確認したぜ。あの本体がせり上がった分の隙間に潜り込んで壊す、それが早そうだが、さてどうする?》
 タリズマンの勢いに引っ張られていち早く立ち直ったのか、アバランチが即座に応答した。それにスカイキッドが続き、問われたタリズマンがどう答えるのかを皆がじっと待っている。そう、それが当然であるように、彼女が指揮を取ることに誰も疑問など挟まなかった。それは、ここから先の鍵を握るのがシャムロックの命と引き替えに―まだそう決まったわけではないのかもしれないが―得られたデータであるからなのも確かだが、そんなセンチメンタルなど些末に過ぎない。
《ははっ! いいね、トンネル潜りならわりと自信がある! ウィンドホバー、スカイキッド、通路側にある対空砲の破壊を。他は残ってる砲台を根こそぎ叩いて。みんなが道を切り開いてくれたらそのままつっこむ!》
 ガルーダは、片翼を無くしてもなお必死に羽ばたいている。それは端から見れば……この空をかつて完膚無きまでに砕いた存在からすればあまりに無様な姿であり、滑稽な努力にしか映らないだろう。しかし彼女は、それがどんなに醜い足掻きだろうと拙いものだろうと、ただ自身に望まれる事を為すだけなのだ。それがエメリアの望む、皆の望む“エース”だと、笑いながら。
《《了解!》》
 何重もの、異口同音なそれに送られて、タリズマンは砲台の正面に向かい機体を返す。同時に、彼女の指示通りにシャンデリアへの一斉攻撃が始まった。エストバキアの護衛艦隊も飛行隊もすでに壊滅させているが、未だ残るシャンデリア本体に備え付けられた対空砲台は非常に恐ろしい脅威だ。しかしその位置がわかっているのならば対処のしようはある。彼らエメリアがいだく“タリズマン”がその希望を受け止め続ける限り、勝利の目はあるのだ。
《こちらアバランチ、砲台の破壊を確認!》
《ウィンドホバーよりガルーダ、対空砲を処理した。行けるぞ!》
《いよぉし! あとはお前が美味しいとこをもってくだけだぜ、羨ましいこった!》
《行って、タリズマン!》
《了解!》
 一度上昇したタリズマンの機体が一気に降下する。その鋼鉄の羽根が辿るのは、シャムロックが砲台内部へと投入した軌跡とほぼ同じだ。しかし、そのスピードは比べるまでもなくタリズマンが上だった。そこに自身が突き進むべき道があるのだと、それを皆が確かに作ってくれているはずだとどこまでも信じて駆ける彼女は、シャムロックの機体に致命傷を与えた機銃を射程圏内に捕らえると同時にミサイルを放つ。至極あっさりと砕け散った機銃の横をすり抜けるまでに要した時間は、ほんの僅かしかない。その数秒の間、たった数十分前にこの道を駆け抜けたときにシャムロックはなにを想ったのだろう。
 そんなこと、私にはわからない。HUD上、行く先にある最後の冷却装置に重なろうとするレティクルを視界に捉えて、タリズマンは想う。
 私は、やっぱりなにもわかっていなかった。シャムロックがどんな想いで飛んでいたのか、どんな理由でこの空の果てまで操縦桿を握りたどり着いたのか。私はいつだって遅すぎる。どんなに速く飛べても、どれだけの敵を墜としても、これから先に誰かに褒められるだけの人を守れたとしても、空から落ちゆく中、キャノピーの向こうに天使の羽根を見たシャムロックにはきっとなれない。ああ、だって私は違う、貴方とは違うんだよシャムロック。私は貴方が墜ちて、初めて、ようやく、わかったんだ。
 これが、大切な人を、失う、ということ。
 そして……。
「シャムロック、私は……っ」
 レティクルがロックオン完了を示し、その無線にも拾われない小さな呟きと共にタリズマンは発射トリガーを押し込む。その行為に正確無比に連動しミサイルがイーグル・ネロの腹から解き放たれ……巻き起こるいっそ華麗なまでの爆炎に照らされて、多くの傷を受けた無骨な翼は白く黒く明滅するように閃き、夜明けを待つ空へと舞い上がっていった。


PR
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Copyright c イ ク ヨ ギ All Rights Reserved
Powered by ニンジャブログ  Designed by ピンキー・ローン・ピッグ
忍者ブログ[PR]