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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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ACE COMBAT 6 SS
グレースメリア開放戦前のガルーダ隊
捏造を多分に含む



 この戦争が始まる少し前の、穏やかな日々。そこで見た光景をシャムロックは鮮明に覚えている。
 とても良い天気の休日、日当たりのよい我が家のリビングでうとうとしてどれほど経ったのか。寄り添う温もりに気がついて目を開ければ、膝に頭を乗せ子猫のように身を丸めて眠っている娘の姿があって……それは彼の瞳には平和を描いた一葉の絵画に、光溢れる未来の表徴に映った。そして、そんな存在を護る力を持つ己を誇らしく思ったものだ。
 軍属パイロットという仕事柄、彼は家を空けることが多い。家族はそれに対し理解を示してくれてはいるが、一人娘のジェシカは、たまの休暇を家でゆったりと過ごしている父の傍をちょこまかとして離れずなにかと構ってもらいたがった。いつもは外でお友達と過ごしてばかりなのに貴方がいると家からちっとも出ないの、と妻に言われ、やはり寂しい想いをさせているのだなと心苦しくなったことは一度や二度ではない。
 だが、シャムロックにはパイロットとしてこの国の空を飛ぶ確固たる理由がある。だからこそ妻も娘も彼を温かく送り出し、そして帰るべき場所を守ってくれるのだ。
 だから。
「……まったく、まいるな」
 機械音と整備員達の声が絶え間なく飛び交い熱気づく格納庫の片隅で、シャムロックは苦笑する。全開になったシャッター付近、誰のためでもなく休憩用に置かれている粗雑な造りの長椅子には、近づく冬の終わりを告げるような暖かな陽光が降り注いでいた。それは思い出の中の光によく似ていて、だが彼の隣に子犬のように寄り添って座り、目を閉じて空に顔を向けているのが娘であるはずがない。
「あれ、起きた?」
「たったいま、ね。いつの間にここに?」
「5分くらい前かな」
 シャムロックの声に即座に目を開け、タリズマンは笑ってひらりと手を振る。その言葉に嘘はないようで、彼女の息はすっかり落ち着き額や首筋を流れる汗ももう収まりかけていた。やはり例によって辺りを走っていたのだな、とシャムロックは傍らに置いていたミネラルウォーターのボトルを取り差し出す。
「温くなってるのでよければ」
「ん、ありがと」
 ためらいなく受け取ったそれをパキリといい音を立てながら開封し、半分くらい一気に飲み干す。ふう、と人心地着いたため息を漏らしてから、タリズマンはごく自然にボトルを相手に差し戻した。
「はい」
「別にいいよ、もらってくれ」
「じゃなくて。寝起きって喉渇くだろ? しかもここ日当たりいいし」
 言われてみれば、とシャムロックがボトルを受け取り口をつけて飲み始めれば、求めていた物に触れたことで体も生命を維持すべき本分を思い出したのか、タリズマンに負けないほどの勢いで飲み干してしまっていた。
「ほらな?」
 その様子に得意そうにくるくると指を回したタリズマンだったが、ふと思い付いたように怪訝な顔になってついと空になったボトルを差す。
「なんで持ってたんだ?」
「喉が乾いてるんじゃないかと。ああ、君がだぞ?」
「え?」
「君を探してた。中にいなかったから、きっと外を走ってるんだろうと思ってここで待ってたんだ」
 そういうことか、と納得顔で頷いてから、タリズマンは使い込まれて飴色になっている木の椅子にとんと背を預ける。そして格納庫の奥で整備と調整が続けられている、イーグル・ネロという愛称も周囲に馴染んだ愛機に何気なく視線をやった。
「で、どしたの? なにか用?」
「……用というか、君と話がしたくなったんだ」
 それが半分嘘であることは、言ったシャムロック自身が一番わかっていた。話がしたくなったのではなく、話しておくべきことができたのだから。
『それがベルカ戦争に“参加した”人間だったとしてもおかしくはない。そういう印象を受ける程度にはな』
 ゴーストアイが告げた憶測、いや、憶測というにはやけに真実味を帯びた推測。彼女が『鬼神の亡霊』などと呼ばれる所以、その師が『円卓の鬼神』―伝説の存在であるのかどうかを、知りたい。
 それは、この戦争を終結に導くのには知る必要のない真実だ。エメリアのエースに対しエストバキアがどういう幻想を抱こうが、戦争が終われば勝者こそが、たとえ偽りのものであっても、正義となる。だがその幻想が、実体亡き幻でありながら彼女が歩む未来に暗い影を落とす可能性は間違いなくあるのだ。だとしたら、それに対し注意を喚起する、あるいは彼女の相棒として共に立ち向かうために真実を知っておきたい。……シャムロックはそう望む自分をはっきりと自覚していた。
 しかし、どう話を切り出したものかとシャムロックは考え込む。タリズマンは重巡航管制機撃墜時の、特にエストバキアの新型機、彼女を『エメリアの天使』と呼んだパイロットを相手にしていた際の記憶が曖昧になっているらしい。自分が口にしたことすら覚えていないのだ、外からの呼びかけなど記憶に残っているはずがない。となればベルカの話を持ち出すのも難しい。
「…………」
 黙ってしまったシャムロックに、タリズマンは話を急かす気もないのか、きびきびと動き回る整備員達を楽しげに眺めている。間近に迫った、待ち望んだ最後の戦いとも言うべき首都開放戦に向け彼らも気合い充分なのだろう。頼もしい限りなその姿をシャムロックも同じく見守り、ふと、とある“きっかけ”がそこに潜むことに気がついて口を開く。
「あの機体、もうすっかり慣れたみたいだな」
「なんだよ今更。まあ、見ての通りバッチリですよシャムロックさん?」
「確かに、あれの初実戦でトンネル潜りまでやった君には今更か。にしても、本当に君の機体に対するセンスは大したものだよ。教官が良かったのかな」
「あれ、言ったことなかったっけ? 私、師匠がいてさ、その人もイーグル乗りだったんだ。だから色々とコツというか、イーグルのクセっていうの? 教えてもらったことがある」
 それは、とシャムロックは内心で身構える。若干の期待はしていたが、こんなに早く話がそちらに繋がるとは予想外だった。そして同時に、また因果の糸が繋がってしまったことにぞくりとした感覚が背を走る。
 『円卓の鬼神』の愛機が、両翼を濃紺に染め上げたF-15Cであったことは戦闘機に詳しい者たち、特に傭兵達の間ではよく知られていた。が、逆に言えば有名すぎて、その力にあやかろうと同じ機体を選択したり自機の羽根を青く染めるパイロットが出現した事実もあり、それを判断材料にするなど暴論でもあるのだが。
「……師匠か、前に少しだけ聞いたことがあるな。どんな人だったんだ? 君の飛び方からして、なかなかの人物だったみたいだけど」
 シャムロックは良くも悪くも誠実な性格だ。駆け引きに向いているとは自分でも思っていないし、しかも心を許し合った相棒に対してそんなことをする後ろめたさを隠すことなどできない。その上での精一杯の一手に、タリズマンはさも愉快そうに声を上げて笑う。
「あははは! まあ、そう思うだろうなぁ」
 どうやら彼女はシャムロックの様子云々よりも思い起こす師匠のことにすっかり意識を奪われているようで、目を生き生きと光らせて身を乗り出し嬉しそうに語り始めた。
「なにしろ最初に言われたのが、僚機をアテにするな、空には自分しかいないと思え、だよ?」
「は? それで教導官なのか?」
「ああ、違うんだよ。師匠は軍属じゃなくてアグレッサー部隊所属の、私たちを潰す側の役。そもそも、ずっとひとりでやってきた傭兵だったんだ。教えてもらえたのは私が個人で頼み込んだからだよ」
「だとしてもまた極端だな」
「うん、極端で、なんていうか凄い人だったよ。色々と滅茶苦茶だった、飛び方も強さも考え方も」
 このタリズマンをしてそこまで言わせるパイロット。……なかなか想像しづらいものがあるな、とシャムロックは若干の戦慄を覚えるが、もしかしたら彼女の有り様はその影響を受けてのことなのかもしれない。だとしても彼女よりよほど凄まじかったのだろうから、つまり“師匠”の言い分は逆に僚機になれる人間がいなかった結果ではないか。とは思うが指摘するのも野暮だろうと黙っておくことにして、シャムロックは彼女の話に耳を傾ける。
「でも、でないと生き残れなかったんだと思う。今まで生きていた中で飛んでなかった日のほうが少ないとか、教科書に載ってるような戦争にはほとんど参加してきたとか言ってたし。えーと、あの時40歳くらいだったから、大陸戦争とかベルカ戦争を生き残ってきたってことなんだしね」
「……ベルカ戦争、か。本人がそう言ったのか?」
 必死に平静を装って返したそれに、ううん、とあっさりと首を振られシャムロックは拍子抜ける。そこは、普通ならば興味を持ってより詳しく聞こうとするだろう。ましてや戦場を飛ぶパイロット同士だ、如何にして死線を潜り抜け続けたのかを聞くだけでも充分参考になるに違いない。しかも飛び方を習いに行ったはずのタリズマンがそうしなかったというのか、とシャムロックが不思議に思うのも当然だった。
「もしかして、そこは言わなかったとか?」
 『円卓の鬼神』の名には、望んでもいない因果が絡みついていることだろう。もし“師匠”が鬼神ならば素性を隠そうとするのは不自然ではない。が、タリズマンはまた首を振った。
「違う、私がそれ以上のことを聞かなかったんだ。師匠が昔なにしてたとしても関係ない。私が教わりたかったのは師匠の飛び方だけだ」
 口調こそ普段通りだが突き放したようなその物言いに、シャムロックははっとする。彼女には幼い頃の記憶がないことを思いだし自身の浅慮に歯がみする彼に対し、だが、当のタリズマンは少し気まずそうに頬をかいて、
「でも、今はちょっと後悔してる。名前くらい聞けばよかったかなって」
「えっ!? まさか、名前も知らないのか?」
「うん、実は知らない。TACネームはさすがに知ってる、ていうか、空の上のこと以外なんにも知らないんだ。どうして傭兵やってるのかとか前はどこで飛んでたとか、なんでエメリアに来たのかとか、そんな話もしなかった」
 その事実に、だからずっと師匠という呼び方だったのか、とシャムロックは呆然とするしかない。ゴーストアイの話からして“師匠”は東ユージア系の容姿をしていたはずだ。となれば同じくな、しかもエメリアでは珍しい同胞かもしれない相手にタリズマンが親近感を持ち慕うことも充分あり得るはずだとシャムロックは想像していた。が、それすらなかったということなのか。
「師匠がいた部隊が解散って聞いてお別れには行ったけど、本当に挨拶だけで、やめてどうするのかも聞かなかったなぁ。でも師匠だって私の名前を知らないだろうから、お互い様か」
「聞かれなかったのか?」
「うん、TACネームですむからさ。私は私で師匠って呼ぶのが普通になってたし」
「そうか……」
 つまりタリズマンは、本当に師匠の『現在』にしか興味がなかったのだろう。それは恐らく相手も、だ。そして更にその男は、ここまで傲慢に、『個』など無視しきって技術のみを欲する純粋で貪欲な存在を目の前にして、拒絶も干渉もしないでいられた。それは、ある意味人間としての感情に欠ける、あるいは超越した、立ち塞がるものすべてを無慈悲かつ平等に破壊したという、かの鬼神のような存在だったのではないか。
「ううん、お互い様っていうか似た者同士だったのかもな、私と師匠は」
「そんなことはない!」
 そう思い至ったところに聞こえてきた言葉にシャムロックは瞬時に反応した。彼自身でも驚くほどに強い口調になったそれに、タリズマンはきょとんとした顔になって瞳を瞬かせて相手を見る。
「シャムロック?」
「……今の君は違うだろう。言ったじゃないか、『名前くらい聞けばよかった』って」
 大きく息を吸い込んで気を落ち着かせてから、先ほどとはうって変わり諭すように紡がれたそれに、今度はタリズマンが目を見開いた。そして、そのまま自身の膝を見るようにうつむいた体がふるりと震えて、それを鎮めるようにぎゅうと己を抱く。
「そうだね、うん、そうだ。私には相棒がいる、いることが当たり前なんだって信じられる。みんなが助けてくれることが、私を信じてくれるのが嬉しいんだ」
 その震えは、恐怖でも衝撃でもない、言葉通りの、押さえきれない歓喜の迸りだったのだろう。さらりと流れた長い髪に見え隠れする横顔が宿す表情ははっきりとしない。だが、そのわずかに赤みが差した頬と唇の端に刻まれた笑みは、彼女の正直な感情なのだとシャムロックには確信できるのだから。
「当たり前だろう。君は、我らがエメリアのエースなんだぞ?」
 そう言ってシャムロックはぽんと頭に手を乗せて、そのままくしゃくしゃと髪を軽くかき混ぜてやる。端から見れば妙齢の女性相手にする行為ではないのだがタリズマンは特に嫌悪も示さず、むしろそれこそ子犬のように大人しく撫でられて、
「なに言ってるんだ? それはシャムロックもだろ、なあ『金色の鳥』?」
 しばらく後に顔を上げればにんまりとした彼女らしい笑みがそこにあって、シャムロックも同じような笑いを返す。
「これは失礼、『黒翼の鳥』」
「……言っといてなんだけど、本当に恥ずかしいなこの呼び方。こないだゼットも言ってたし、結構広まってるんだよね? あー、もう、言い出したの誰だよ、恨むぞ~」
「しかたないさ。これも戦争を終わらせるために必要なことなんだ」
 わかってるけど、と口は言いつつもむくれて腕組みをしたタリズマンだったが、ふっとその表情をどこか寂しげなものに変えて空を見上げる。
「それによく考えたら、私、似た者同士とか言えるほど師匠のこと知らないや。本当に、空か基地の中でしか会ったことないんだから」
 その言葉にシャムロックは瞑目し、表情を隠すように身をかがめて口の前で手を組む。
 彼女は気がついていないのだ、それは自分たちも、『ガルーダ』も同様なのだと。この戦争の始まりに空で出会い、そこに灰色の軌跡だけを描き続け、共に生き残り同じ志の元にここまで来た。結んだ絆の強さは自負できても、彼女にとっては『どう』なのだろう。
「鬼神、か」
 タリズマンに聞こえないように、シャムロックはごく小さくその名を呟く。人の身にて異形と並び称され、人の手にて作り出された鋼鉄の翼をまとい天空を支配した存在。彼が世界から消えて数年後、その空は王者の不在を嘆くいとまもなくなった、いや、更なる上位者にて絶対なるものが降臨してしまったのだ。ユリシーズという名の運命があまねくすべてに降り注いだ1999年7月8日を以て、世界は過去と未来に分断された。本来は決して分かたれるはずのない流れは断ち切られ、砕かれた空の欠片は誰の手の中にも等しく舞い降りる。今も、そしてこれからも。
「……なあ、タリズマン」
 ゆっくりと目を開け、シャムロックは傍らの存在へと目を向けて続ける。
「話は変わるんだが、解放作戦成功の暁には二週間の休暇だそうだけど、君はどうするんだ?」
 それは先のミーティングで告げられた、ずいぶんと気の早い報償話だった。無論、負ける気など誰も持っていないが、それでもそんな話をするのはやや浮かれすぎだという感は否めない。とはいえ、取り戻した先の未来を思い描くのは決して悪いことではあるまい。
「んー、別にいつも通り、かな」
 タリズマンは空を見上げたまま子どものようにぷらぷらと足を、そしてかくりかくりと首も揺らして、
「待てよ? 半年以上も帰ってないんだ、部屋がひどいことになってそうだし、まずは掃除か。きっと二日はかかるなぁ。それでいつものコースを走って、あとは街を散歩して、いつもの店のチーズタルト食べたい。ワンホールをがばっといけそうだな、久しぶりだし」
「へえ、君はタルトが好きなのか」
「うん。タルトとか、あんまり甘くない焼き菓子が好き。クリームいっぱいのケーキとかはちょっとな~」
「僕も甘すぎるものは苦手でね、キッシュが好きなんだ」
「あ、私も! カボチャのとか、ほうれん草のとか!」
 ぽんと手を打ち合わせたタリズマンは、話題に出した菓子の味を思い出したのか年相応の女性らしく瞳を輝かせている。いや、むしろ少々幼いのかもしれない。なぜならシャムロックには、その表情が妻手作りの菓子を前にした時の娘のそれと……なんでもない日常の肖像と重なって見えて、だからついくつくつと笑いを漏らしてしまう。
「ん? なに笑ってるんだよ。私、変なこと言った?」
「いや、なんでもない。ただ君とこういう話をするのが楽しくて」
「こういう話?」
 不思議そうに聞き返したタリズマンに向かって気にするなと首を振ったシャムロックは、今度はその肩にぽんと手を乗せ、そしてもう少しだけ彼女に顔を寄せて、
「キッシュが好きな君に提案なんだけど。もし良ければなんだが、休暇のひとときを僕の家で過ごさないか?」
「……は?」
 突然の提案の、その意図が飲み込めずタリズマンはぽかんと相手の顔を見返すしかない。それは数日前にゴーストアイの話を聞いたときのシャムロックの反応にそっくりだったが、無論彼がそれに気がつくはずもなく、ただ、その優しい色を湛えた瞳で、すべてを吸い込みそうな黒色の瞳をのぞき込む。
「キッシュは妻の得意料理なんだ。ぜひ君にも味わってほしい自慢の味だし、それになによりも妻と娘に君を紹介したい。僕の最高の相棒で、僕達の新しい家族だってね」
 さらりと、あえてなんでもないことのように告げられたそれがタリズマンに届き意味が咀嚼されるまで、どれくらいの時間が必要だったのだろう。空戦時はすべての判断をコンマ数秒単位の世界でこなし、時には先が『見えて』いるのではないかと思わせる動きを見せる彼女が、象徴化されたレーダーでも目まぐるしく入れ替わる目視の世界でもない、放たれたその瞬間からなにも変わることのない言葉への反応を完全に見失って、たっぷり十数秒。幾度か口を意味なく動かしてから、
「家族? なにを言ってるんだよ、意味がわからない」
 ようやく言葉になったそれがいやに平板だったのは、そこにどんな感情を乗せたらよいのか彼女自身にも判断がつかなかったからだだろう。表情も同じくで、でもその瞳が大きく揺らいでいるのは、恐らく無自覚の内にじんわりとにじんできた涙のせいだ。
「僕にとって、君は家族も同然だ」
 もう一度そう告げて、シャムロックは微笑む。それは幼子に言い聞かせる、あるいは生涯の契りを交わした者や血を分けた者への向ける無条件の、何処からともなく無限に湧き出でる慈しみに満ちている。しかし、人の腹から産み落とされた者ならば誰もが知っているはずのそれをタリズマンは忘れてしまった、いや、奪われてしまった。
「私、が……」
 それでも、それを懐かしいと思い安堵する本能は、どこかに残っているのだ。
「君には、本当に迷惑ばかりかけた。でも感謝している。君がいつも戦う理由を携えて僕の前を飛んでくれたから、ガルーダはここまで来ることができた。そう、方向音痴の僕もだ」
 自分の言ったことにシャムロックはふっと息を吐いて笑った。それにつられたように、タリズマンも少しだけ唇を歪める。きっと笑顔を作ろうとした精一杯のものだろうそれを見つめながら、シャムロックは彼女の肩から手を離しそちらへと寄せていた身を起こす。
「この戦争はもうすぐ終わる、いや、僕たちの手で終わらせる。そうだろう?」
「うん」
「それはひとつのゴールだけど、でもすべてが終わるわけじゃない。僕たちは未来を取り戻し未来を歩む。その時に、その、なんと言ったらいいか……」
 言葉に詰まり、シャムロックは顔を上にやって困ったようにくしゃりと前髪に手を入れる。こんな時に上手い台詞のひとつも紡げない自分がもどかしく、しかし、ここは舞台の上でもないし自分たちはスポットライトを浴びる役者でもないのだからこれでいいのだろうと思い直して視線を戻せば、先ほどと変わらないまま……恐らく本当に、ただ一心に彼を見つめているのだろう瞳がそこにある。
「…………」
 この瞳が自ら望んで見ているのは、もう空だけではない。そのきっかけを作り出したのも、振り返った彼女を受け止めて支えたのも自身だというのに、その自分が今になって過去にとらわれてどうするのだ。そう考えシャムロックはまた目を瞑る。
 『鬼神の亡霊』など、いない。彼女が歩む未来に影を落とすものが彼女自身の過去にあるのだとしても関係ない。シャムロックが彼女の相棒であることは変わらないし、誰にも変えることなどできない。タリズマンは、マリア・アッシュという存在は今を生きている。シャムロック、マーカス・ランパートと同じくだ。隣にある者として灯火を追い続けたシャムロックは、今では彼女と灯りを分け合っている。そしてそれで未来を照らし出すことだってできるだろう。なにしろ彼は『金色の鳥』などと呼ばれるのだから。
「あの、さ、シャムロック?」
 と、彼女にしては遠慮がちな声にシャムロックは目を開く。いつのまにか彼女は、先ほどまでシャムロックが手を置いていた自身の肩を掴んでいて、真っ直ぐに彼を見ていた瞳もそちらに向けられていて、
「ご家族、チーズタルトは好き?」
 グッとその掌に力が入ったのがシャムロックにもわかり、
「さっき言ったタルト、本当に凄く美味しいんだ。でも、その、かなり大きいから、ワンホール一人で全部なんて無理だし、だからどうかな……一緒に」
 それは彼女が自己を奮い立たせた行為なのだろう。そうまでして『一緒に』と彼女が口にした事実を、己が願いと相棒の望みが重なり合う奇跡をその手に収めんとするかのように、シャムロックは彼女に向かってまた手を伸ばす。
「ああ。ぜひとも、ごちそうになるよ。きっと二人も喜ぶ」
 手に手が重なり、ひとつの温もりになり……こくりと、タリズマンが頷いた。

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