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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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ACE COMBAT 6 SS
大量破壊兵器無力化ミッション
捏造を多分に含む



「作戦は以上だ。わかったとは思うが、内容は実にシンプルなものとなっている」
 寒々とした人気のないブリーフィングルームに、その空気をさらに凍らせる冷厳なゴーストアイの声が響く。普段ならば作戦前のこの部屋に満ちる過剰な熱気と緊張感を冷ます役目を果たす彼の声を聞いているのは、今日はたった二人のパイロットのみだ。
「確かに、な」
 呆れたような納得したような表情で頷いたシャムロックに、タリズマンも机のノートパソコンのモニタをコンコンと指の間接で叩く。そこにはエメリア全軍で制式採用されている、ノルデンナヴィクに本拠地を置くマクミラン重工業のB.C.Sによってシミュレートされた作戦内容が表示されていた。
「でもさぁ、これ結構無理言ってない? あの渓谷を超低空で飛んで抜けろって。あそこって確か、お世辞にも広いとは言えないよね?」
「しかも時間制限あり、敵の歓待付きってわけか」
 エストバキアが画策する首都焦土作戦、それに対しエメリア側が計画した阻止案の内容は実に単純、『グレースメリアの北、フォートノートンに密かに運び込まれた大量破壊兵器の触媒を、その輸送部隊ごと強襲をかけ叩き潰す』、それだけだ。ただし、この単純な作戦の遂行には多くの困難が伴うこともB.C.Sは警告していた。
 まず、敵レーダーに感知されぬように極低空を飛ぶ必要があること。しかしグレースメリアとフォートノートンを繋ぐ格好の通路となるアルマ川が流れる渓谷には触媒輸送隊の護衛と警戒を兼ねた部隊が点在しており、低空を飛ぶ飛行機は対空砲の餌食となりかねない。そして、その護衛部隊が輸送部隊に連絡し目標に逃げられてしまえば作戦は失敗、グレースメリアが永続的な死の街と化すことになるのだ。
「それはこちらも承知している、ゆえに君たちなんだ。ここまで高度な技術と頑強な精神力、そして僚機との密な連携を要求する任務は『遺憾ながら』ガルーダ隊『以外』には成し遂げられないとの判断が下された」
「って建前なわけね」
 ぎしっと椅子を鳴らしてタリズマンが背を逸らし天井を見上げる。ブリーフィング中のものとは思えない態度だったが、ゴーストアイは特に咎めることもせずに腕を組んだ。
「言いたいことがあるのはわかるが、ここがそういう場所だというのは君も理解しているだろう? それに実際、この任務を成功に導ける可能性が最も高いのが君たちであることは間違いない」
「わかってるよ~」
 タリズマンは天井を見上げたままひらりと手を返してみせる。『ここ』、つまり軍が軍であることを保つための措置としてこれが妥当な落とし所であることくらい、彼女はとっくに理解していた。それはシャムロックも同じだが、彼に限った部分ではこれは様々の人々への罪滅ぼしに相当することでもある、とはいえ、それでもあっても彼も疲れたため息を吐いてしまう己を止められない。
「こんな『エース』呼ばわりは滅入るな。僕たちは軍のプライベートダンサーじゃない、皆と同じ一兵卒に過ぎないんだが」
「シャムロック。この作戦が失敗すれば、グレースメリアにいるお前の家族にも危険が及ぶ」
 彼を見て、それがどんな効果をもたらすのかわかった上でゴーストアイは言った。告げられた事実に相手がどう言った反応を示すのか試すようでもある視線を真っ向から受け止めて、シャムロックは静かに首を縦に振る。
「もちろん知っている。……ゴーストアイ、この作戦には君も参加するのか?」
「無論だ」
「よく……また僕たちと組む気になったな」
「君たちを扱える管制は自分しかいないと自負させてもらっている」
「……なるほど」
 喉の奥をくくっと鳴らしてシャムロックは肩をすくめる。そんな二人のやりとりを耳だけで捉えていたタリズマンも、ははっと軽く笑った。そしてひょいと体を戻せば、またもやぎしりと椅子が音を立てる。
「まあ、お互いに汚名返上のチャンスってわけか」
「そうとってもらっても構わんが」
 楽しそうに言ったタリズマンにゴーストアイは眉ひとつ崩さない。だが、それでこそ彼らしいのだ。ここまでの長い道程を共に乗り越えてきた信頼と信用は無言のままに彼らを再び結束させ、ゴーストアイは改めて二人を交互に見る。
「作戦決行はすぐとなる。各自、怠りなく準備を。では時間まで解散だ」
『了解』
 いつも通りの息のあった返答に送られ、ゴーストアイが席を立ってブリーフィングルームから出て行く。そしてパタンとドアが閉まるとの同時に、ふう、とタリズマンが息を吐いた。
「なるほどね、こう来たか」
「参謀本部としては、色々な意味で都合のいい話なんだろうな」
 この作戦の難易度は非常に高い。しかし現在のエメリア軍航空隊の、特にグレースメリア撤退からここまでを生き抜いてきたパイロットたちの練度も半端ではないのだ。彼らウィンドホバー隊やアバランチ隊でもこの作戦を実行することは可能だろう。それでも謹慎処分中のガルーダ隊を出すのは、先ほどゴーストアイが言ったようにガルーダが行ったほうがより成功率が高いことと、なにより手柄を立てさせることで命令違反を帳消しにするためであることで間違いない。
「でもまあ、そんなのどうでもいい。誰かがやんなきゃいけないんだ、先に進むために。だったら私たちが、ガルーダがやるべきだよな」
「ああ。そして、グレースメリアを守るために」
 にっと唇の端を上げ、タリズマンがすいっと腕を上げる。その意図を汲んだシャムロックが向けられた手の甲にコンと手の甲を打ち合わせた。それだけで深く確かめ合った互いの意志は充分に伝わる。この戦争を終結させ未来へと進んでいくための先陣になれと言うのなら、どんな空でも飛んでやろう。そう意気込むシャムロックだが、タリズマンはふとまたB.C.S画面に目を落としてその表情を変える。
「なあ、シャムロック」
「どうした?」
「この作戦って、なんていうか、必要なんだっていうのはわかるんだけど……引っかからない?」
「え?」
 急にそんなことを言い出したタリズマンに、シャムロックは思わず少し拍子抜けたような声を上げた。だが、彼女の横顔がいつになく真剣、いや、真剣と言うよりは抜き身の刃物のような鋭さを感じさせ、それに促されるように同じくB.C.S画面に注目する。そこにはフォートノートン渓谷の、蛇のように細かくうねった姿が青く描かれていた。
「話としてはおかしなところはないんだ。でもさ、私たちを出す理由って本当にそれだけなのか?」
「……僕たちと“引き替え”に輸送隊を潰す?」
 厳しい表情になったシャムロックが声を潜める。自分たちは未だ謹慎処分中の身だ、滅多なことは口に出来ないのだと彼はタリズマンにも声を落とすように手で合図をした。それにタリズマンが頷くのを確かめてからシャムロックは続ける。
「確かに話としてなくはない。僕たちは命令に逆らった部隊なんだからな、いざとなれば切り捨てても構いはしないだろう。しかし……」
「シャムロックが言いたいことはわかるよ。この作戦は今だけじゃなくて、私たちを“これから先”有効に使うためにも必要だって上が判断したんだ。しかもゴーストアイも参加するんだろ? 私たちはともかく、今のエメリアからゴーストアイを欠かすわけにはいかないはず、はずなんだけど」
 画面を睨んだままタリズマンは言葉を切り、口に手を当てて考え込んでしまった。だからシャムロックもまた彼女が覚えている違和感を探ろうと、改めてここまでの経緯を振り返る。……エストバキアの非情な脅し、自分が犯した命令違反とそれに対する軽すぎる処分、タリズマンとの一件、そしてその翌日に言い渡されたこの作戦。……思い返してみれば何者かが用意した脚本のように整えられた流れだと、そんな考えがシャムロックの脳裏を過ぎる。
「変なんだよな。なにかこう、一本に繋がりすぎてるような気がするんだ」
 どうやらタリズマンも同じ結論に至ったらしく、口を覆った手を外してシャムロックに視線を向けた。
「ああ、僕も同じ印象だ。誰かがあらかじめそうなるように考え、僕たちはその筋書き通りに上手く誘導されている気がしなくもないな」
「誘導されてる、かぁ。だとしたら誰がされてるのかって疑問は出てくるよな。私たちがなのか、この作戦での本部がなのか、エメリアがなのか。あとは誘導してるのが誰なのか。この場合はエストバキアがってことなんだとしたら……」
「! まさ、か」
 かくりと首を傾けてつらつらと語られるタリズマンの言葉にとある記憶を掘り起こされ、シャムロックは目を見開く。いや、記憶ではなく知識と言うべきなのかもしれない。なぜなら、それは彼自身は経験しなかった『戦争』の記憶だからだ。
 五年前に勃発し、誰もが予想し得なかった結末を向かえた環太平洋戦争、別名、ベルカ事変。その詳細な経緯が明らかにされるのは、オーシア連邦大統領ハーリングが2020年に公開することを表明した環太平洋戦争についての全報告書を待たねばならない。しかし別名に見られるように、この戦争の重要な局面においてベルカ公国軍の暗躍があったのだという事実はすでに知られ、一説には環太平洋戦争そのものがベルカ公国によって仕掛けられた壮大な陰謀だったとさえ言われている。
《我がベルカの栄光に伏し……墜ちるがいい》
 そう、ベルカだ。あの重巡航管制機撃墜作戦時、タリズマンが撃墜されるというエメリアにとっては悪夢のような出来事の際、相手にしたエストバキア軍のパイロットがそう呟くのをシャムロックは確かに聞いた。さらに彼は『鬼神』とも口にしている。『鬼神の亡霊』と、タリズマンをそう呼んだ。そして空を飛ぶ者が同じく空に在る者を指して『鬼神』と渾名するならば、それはベルカ戦争の空の王者であった『円卓の鬼神』としか、思えない。
 ではこの戦争にも、ベルカ公国がなんらかの干渉を行っているというのか?
「シャムロック?」
「あ、ああ、すまない」
 タリズマンにいぶかしげな声を向けられ、シャムロックは我に返り彼女を見る。ベルカ戦争が起こったのはユリシーズ落下よりも前、1995年だ。25歳という実年齢よりもずっと若く見える、自身が相棒と呼び続け今ではまた別の意味でも大きな存在となっていると自覚したばかりの相手に、『鬼神の亡霊』などと呼ばれなくてならないどんな謂われがあるのか、シャムロックには想像がつかなかった。
 確かに、エストバキアのパイロットたちと翼を交わす度に目覚めていく才能には空恐ろしいものを感じなくもないが、たったそれだけで伝説のエースとの関わり合いを判断するなど馬鹿げている。やはりなにかの間違いだ、となおも思考を続けてしまうシャムロックに、タリズマンは今度はなぜか申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん、シャムロック」
「は?」
「大事な作戦前に変なこと言った。別に、私が勝手に思ってるだけだし気にしないでいこう」
 ぺこんと頭まで下げられ、まさか謝られるとは思っていなかったシャムロックは慌てて手を振る。
「いや、謝ることはないさ。でも作戦に集中すべきなのはその通りだし、この件はひとまず置いておいてハンガーに行こう。機体や装備についてのつめを行わないと」
「そうだね。それに、私とシャムロックなら大丈夫だもんな」
「ああ、そうだとも」
 あの戦いの中で『ベルカ』という単語が出たことは、すでにゴーストアイにも報告している。なにかが判明すればすぐにこちらにも話は来るだろう。そう自身に言い聞かせ、シャムロックは脳内を支配していた推論を一時、奥底へとしまい込んだ。


§


《敵輸送車両部隊の破壊を確認。……これで汚名返上だな》
 そう戦果報告をするゴーストアイの声はどこか強ばっている。正確に言うと、まだ残る作戦遂行時の緊張と焦りと呆れとが複雑に絡み合い、任務中のものにしてはいやに不可思議な響きの声を作り出していた。それにシャムロックは半分は同情、半分はすっかりタリズマンに感化されたどこか得意な気分で返答する。
《簡単なもんだ。なにしろ、僕とタリズマンのガルーダなんだからな》
《そういうこと!》
 元気よく返して来たタリズマンはゴーストアイの心中などお構いなしなのだろう。任務を無事に達成した高揚のままに愛機を翻せば、ガルーダの青き鳥の紋章が閃き雲の多い空からの光に輝く。
《……君たちが言うと本当に簡単に聞こえてしまうから困るな。しかしガルーダ1、君には度々驚かされてきたが今回はまた格別だ。任務遂行にかかった時間が二分半とは》
《二分半もかかった? 二分とちょっとじゃない?》
《似たようなものだ》
 今度は声に呆れのみを満たしたゴーストアイは、不覚にもその後の大きなため息までも無線に乗せてしまう。それだけの疲労が彼の体を支配していたのだ。たった数分の作戦、しかも指揮したのは二機だけだったというのにいつも以上のそれは、作戦開始直後にガルーダ隊が取ったとんでもない行動のせいだ。


《こちらゴーストアイ。敵大量破壊兵器の触媒破壊に向かう。高度を下げて侵入しろ》
《ガルーダ1より2。打ち合わせ通りに行くぞ》
《ガルーダ2了解》
《なに? ガルーダ1、どういうことだ?》
《ガルーダ1よりゴーストアイ。これより可能な最大速力で敵輸送車両部隊の元へ向かう!》
《なっ……! 待て、正気か? 途中で見つかった連中に輸送隊に連絡されたら終わるぞ?》
《連絡されても動き出す前に輸送車自体を潰せばいい! だったら途中の奴らをちまちま相手にしてる場合じゃないだろ?》
《し、しかし……》
《っていうか、私、対地苦手なんだよね!》


 そう言っている間にも二機はA/Bを惜しみなく使うという通常では考えられない飛び方で渓谷を駆け抜け、途中の地上部隊はほとんど無視して見事に敵輸送車両部隊を仕留めてしまったのだ。守るべきものを失った残存部隊は這々の体で逃げ出しており、こちらの損害はゼロに等しいという良い意味での想定外の成功を収めていた。
《……とにかく任務完了だ。直ちに戦域を離脱、基地へ帰還しろ。作戦成功を喜ぶのは戻ってからだ》
 ゴーストアイがそう言いつつ広域レーダーに目をやる。敵地上部隊は撤退しているが、逆に空には今までなかった敵航空機の反応が次々に現れていた。この地でのガルーダ出現を知った敵航空部隊が端から駆けつけているのだろう。
 この程度の数、ガルーダならばなんとでもなるはずだ。だが、それだけすむのか? 何故かそんな奇怪な影がゴーストアイの『目』に映り込み始めていたが、彼はそれを隠して二人に告げる。
《敵戦闘機接近》
 その声を聞くまでもなく、二人もまたこちらを目指してくる敵機の群れに気がついていた。やはりただでは帰してくれないか、とタリズマンは操縦桿を握り直し大きく息を吸い込んで気持ちを切り替える。
《この程度の数、問題ない》
 シャムロックも余裕を見せる声でそう返し、二機は戦域を離脱すべく機体を返して加速を始める。ここで撃墜されてしまっては汚名返上もなにもない、立ち塞がる敵機とは交戦を避けてとにかく逃げを打った。が、敵も敵で切り札を破壊された事実に逆上しているのか、それとも支援のないたった二機である今こそ好機と捉えたか、なりふり構わない攻撃を仕掛けてくる。
《敵戦闘機、さらに増援だ》
《くそ、冗談じゃない!》
《どんだけつぎ込んでくるんだよ……》
 真っ向から墜とすのが不可能なら物量で押し切る気か、効率は悪いがこの場では最も有効な作戦だ。悪態をついたシャムロックに、焦りが隠せなくなってきたタリズマンも歯がみする。かつてない、四方八方が敵だらけという最悪の状況だが、AWACSに搭載された広域レーダーは更なる悪夢の到来を静かに告げていた。
《新たな機影を確認。……多い、多いぞ、大群だ!》
 もはやレーダー上では、入り乱れるどころか重なり合った敵が巨大な雲霞と化している。しかも、奴らはその端から不気味な霧にその身を隠そうとしていた。それはつまり、敵増援にはジャミング機と電子支援機が投入されているのだと自機レーダー上で確認した瞬間、タリズマンが悲鳴に近い声を上げる。
《ここにジャミングとか持ってくる!? たった二機だぞ、こっちは!》
《楽をさせてはくれないか。いいだろう、やってやろうじゃないか相棒!》
《……おうよ、相棒。逃げてばっかは性に合わないしな!!》
 すでにミサイルアラートはけたたましい音を双方のコックピットに響かせている。レーダーが死んだ以上、頼りになるのは身につけた技術と鍛えられた勘と、互いの目だ。無線機から聞こえる『相棒』の声に導かれ、鳴り止まないアラートに負けぬよう声を張り上げて『相棒』を導く。それでかろうじて、敵機の溢れる空の隙間を縫うように降り注ぐミサイルを必死に交わすのが精一杯、反撃をする余裕はほとんど無い。
《ああああ、もう、ジャミングうるさいミサイル精度下がる! シャムロック、堪えられるか? こっちであいつをやる!》
《オーケー! 無理はしないようにな》
《この状況がもう無理越えてる!》
 まったくだ、とシャムロックはタリズマンの言い草に苦笑してしまう。正直、ここまで持っていること自体が、空戦においては突出したセンスを持つ彼女の驚異的な、敵機に対する反応速度と勘の良さに支えられた奇跡だ。それを生かすべく彼女専用にチューンされた機体もまたよく応えてくれており、今はそれらがすべて、前方を飛ぶジャミング機を獲物と捉えて一心に食らいついていく。
《ガルーダ1、ジャミング機を撃墜》
《よし、これでレーダーが晴れ……》
 ゴーストアイのいやに冷静な撃墜報告に続いたタリズマンの勢い込んだ声が、ぴたりと止まった。その理由はシャムロックにもすぐにわかる。
《真っ赤、だな》
 敵機を示すマーカーと敵の電子支援効果範囲を示すセンサーに埋め尽くされたレーダーは、まるで血に染まったかのようだ。目視で確認できる以上に不利な戦況を見せ付けられ、さすがのタリズマンも絶句してしまったのだのだろう。シャムロックも戦慄を通り越して、しかし諦めとは違う妙に泰然とした心境になるほどだ。
《なんだよこれ……やっぱり罠なのか?》
 うめくようにそう言ってタリズマンは唇を噛みしめる。作戦前の違和感の正体は、この任務自体がなんらかの陰謀ではないかという無意識の懸念だったのか。モロク砂漠に続きガルーダ殲滅を狙ったエストバキアが仕掛けた罠なのか、それとも。
《…………》
 タリズマンにゴーストアイは答えない。彼もまた似たような疑念を抱いているからなのかとシャムロックは思うが、今はそこを問い詰めている場合ではない。
《でも、でもジャミングはもうない! シャムロック、本番はここからだっ!》
《了解、タリズマン!》
 もしこれが何者かが仕掛けた罠だったとしても、かかった網ごと食い破ってしまえばよいのだ。シャムロックも力強く返事をし、圧倒的な数の敵の、津波のような波状攻撃を二機は泳ぐように凌いでいく。相棒に背を預け、機銃、ミサイル、そして念のためにと積み込んでたXMA6を駆使しての戦闘はもはやタリズマンを、人としての臨界を超えた状態にまで昇華させていった。すべての感覚が際限なく研ぎすまされこのままずっといくらでも戦っていられそうだと思えるほどに、相手にしたエストバキア側のパイロットからすれば、空にあるやもしれない境界を越えた上位、あるいは『天使』と呼ぶに相応しいほどに。
 しかしタリズマンは決してそんなものではない。彼女自身も薄々感じ始めていたが、すでに肉体は限界に近付いていた。戦闘時間はさほど長くはないが、フォートノートンへと抜ける際の低空飛行は相当な集中力を要求し体力も相応に削ぎ落とされている。その上でこの大群の相手、しかも状況には終わりが見えない。また、これはシャムロックにも言えたが、機体に蓄積されたダメージも無視できないものになっている。致命弾は一撃ももらっていないが、細かな被弾は避けようがない。
《くうっ……》
 正念場での互いの粘り強さはよく分かっていたが、そんな精神論で打開できる戦況ではないのだ。このままではじわじわと、しかし確実にこちらが削られ、先に限界を超えたどちらかが墜ちた時点ですべてが終わる。その前になんとかしないと、なんとか。心でそう唱え続けながら、しかし現実には悔しげにぎりっと奥歯を鳴らすだけのタリズマンだが、打開策はミサイルの雲に覆われた空のどこにも見いだせない。それどころか灰色はどこまでも視界を覆い尽くそうとしている。
 ダメなんだ、触媒を破壊したことでグレースメリアを守れたとしても意味なんかない。ここで死なせてたまるか、死なせられないんだ! 誰でもいいなんでもいい道を示してくれ、どんな道でも私がそこを飛んでみせるから!
《ウィンドホバーよりガルーダ。聞こえるか、助けに来たぞ!》
《こちらアバランチ! ツケを返しに来たぜ、タリズマン、シャムロック!》
「……!」
 彼女の救いを求める音なき絶叫に応えるように、測ったかのようなタイミングで無線に割り込んできたのはあまりに耳に馴染んだ声だ。さらにそれに、同じように聞き慣れた様々な音程の声が重なっていく。いや、それだけではない。レーダーでも目視でも、エメリア軍の航空隊がエストバキア軍の機体で埋め尽くされていた戦場に鋭く切り込んでいく様がはっきりと確認できた。
《は? え? なんで皆が?》
《まさか、ゴーストアイ?》
《なんとか間にあったようだな》
 事態についてゆけず呆然とするタリズマンと違い、察したシャムロックが問いかけると相手は安堵のため息を吐いた。やはり、どこかの時点で彼が援軍要請をしていたらしい。しかし、だとしても駆けつけるのが早すぎる。万が一の事態に備えて待機させていたとしか考えられず、
《なるほど、オールキャストか。感謝するよ……》
 そして彼らは一人残らず、ガルーダからの呼びかけに応えてくれたのだ。
《礼にはまだ早いんじゃないか? ここのエストバキア野郎を全部叩き落としてからゆっくり頼むぜ。なあ、タリズマン?》
《……ははっ! ガルーダ1了解!》
《タリズマンに礼を言われるのはレアだな、楽しみにしておこう》
《そうかしら? その言い方じゃ、タリズマンが失礼な子みたいじゃない》
《でも空に関しちゃそうかもですよ、実際に借金したことないっすからね。シャムロックもっすけど》
《おっ、ってことはガルーダの初借金かぁ?》
《心配ご無用、ブリザード。ここできっちりと返せばいいんだし?》
《あー、タリズマンが言うと真実味があるな》
 スカイキッドのからかうような呼びかけ、そしてスネークピットやラナー、セイカー、ブリザード、レッドバロン、他にも次々に呼びかけてくる戦友達とやり取りするうちにタリズマンもすっかり元の調子に戻っていく。だがここはまだ戦場なのだと叱咤、あるいは激励するようなゴーストアイの指示と、豪放なアバランチの声が重なる。
《全機、敵機を叩きのめしてやれ! 生き残ってくれよ!》
《さあ、天使とダンスだ!》

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