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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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ACE COMBAT 6 SS
重巡航管制機要撃ミッション
捏造を多分に含む



 コールサイン"ゴーストアイ"、官位こそ少佐だが今や実質エメリア軍の司令塔と言っていい彼の、その卓越した指揮能力を疑う者はいない。
 広い戦場すべてを見渡し、怒濤の如く流れ込んでくる戦果報告よりめまぐるしく変化する戦況を瞬時に推測し、はじき出す冷徹な判断でエメリア軍を勝利に導いていく。さらに、多大なる犠牲を出してしまったケセドへの撤退戦は彼の意識をより硬度に練り上げ、廻らされる作戦の再現性を極限にまで持ち上げていた。今では、その戦術眼はさながら名の通りに『この世ならざるものども』と取引を行ったようだとすら言われている。
《全機、そのままの進路を維持し敵に接近。攻撃範囲侵入後は即時攻撃行動に移行》
 AWACSに乗り込んだ彼の宣言と共に、エ・エ戦争の終末を予言する大きな戦いはいっそ厳かなほど静かに、密やかに開始された。アイガイオンの盲点に一糸乱れぬ編隊を維持するエメリアの鳥たちの返答の中で、いつしか色々な意味でその中心にいるようになった二機がお互いに呼びかける声がゴーストアイにも聞こえてくる。
《ガルーダ1了解》
《ガルーダ2了解。行くぞ、ブラザー》
《おうよ、ブラザー。間違いなく混戦だけど迷子になるなよ?》
《ははは。確かに方向音痴は直ってないけど、君の背を見失うことだけは絶対にないさ》
《うん、頼んだ。私はいつも通りで行く、それしか能がないし》
《僕もいつも通りに、全力で行くだけだよ》
《……ガルーダ隊、私語は慎め》
《《了解》》
 決戦を前にしても緊張感のないかけ合いは、むしろ周囲を意識してのものなのか、それとも素なのか。そう思いながら諫めたゴーストアイへの返しはまたぴったりと息が合っていた。
 ゴーストアイが自身を振り返って、現在までに己の『目』を最大に発揮したのはこの戦争の始まり、現ガルーダ隊の編成時であったのかもしれないと思っている。
 才能だけは人一倍だが運任せで己を顧みない若すぎるルーキー―タリズマンと、堅実さと広い視野が売りだが自身の意義を思う余りに平静さを欠いたベテラン―シャムロック。あの時のグレースメリア上空で、組ませるのにはうってつけな二人だと彼がほくそ笑んだのを見たのは、その隣でオペレーションを担当していた情報官だけだっだ。しかし情報官はゴーストアイの思惑などまったく気がつかず、年少で女のパイロットが一番機を務めるなどあり得ない、本当に非常事態なのだと自分たちの無力さを噛みしめるばかりだった。
 だが、彼らガルーダは化けた。黄金の神鳥の名にふさわしい、エース部隊へと。
《目標に接近》
《……光った。ガルーダ1目標視認。って、ちょっと待ってよ、この距離でって。どれだけデカイんだ?》
 呆れと好奇心が入り混じった声を上げるタリズマンの、履歴書。ゴーストアイが目を通したそれによれば、彼女は典型的なユリシーズ災禍の孤児で、軍への志願理由も、身も蓋もなくいえば国が運営する施設から兵士を補充した―本人にその自覚はないのだろうが―という実にわかりやすいものだった。
《目標にさらに接近。いいぞ、そのまま軌道を維持》
《ガルーダ2了解》
 さすがに張り詰めた空気をまとう声のシャムロック……守るものがあるからこそ自ら最前線に赴くことを選択し理由を見出す男。彼の強みであると同時に陥穽でもあるその境遇はタリズマンと対照的であり、だからこそゴーストアイは期待した。タリズマンには精神の、シャムロックには技術の、それぞれの互いの補填を。
 つまりここまではゴーストアイの『目』の範疇だ。が、この編成はさらに思わぬ効果をもたらす。
《レーダーに影、アンノウン。何者だ?》
 アイガイオンの強力なレーダーやECMの影響で混線しているのか、無線から明らかに敵、エストバキア側のものとわかる声が聞こえてきた。見つかったか、とタリズマンが判断すると同時にゴーストアイが指示を下す。
《全機、交戦を許可する。ガルーダ隊、攻撃を開始しろ》
《ガルーダ1、FOX2!》
《ガルーダ2、エンゲージ!》
 言われなくても、とばかりにタリズマンが給油機とその護衛機に向かいミサイルを発射する。続いてシャムロックも交戦を宣言し、ウィンドホバー隊、アバランチ隊などなど、すべての機体が牙をむいて襲いかかっていった。標的は空に浮く巨人『アイガイオン』とそれに従う近接防衛機『ギュゲス』、電子支援機『コットス』、そして無数の護衛機だ。
《でっかー! なにあれ、どうやって浮いてんの? 航空力学とかどうなってんの!? ていうかどうやって離陸したんだよ!》
 その空中艦隊の姿に興奮しきったタリズマンの歓声―不謹慎だがそうとしか言い様のないはしゃいだ声が提示した疑問は、恐らくエメリア軍全パイロット共通の思いだったろう。それでもまったく攻撃の手は緩めず、それに応じアイガイオンも即時に応戦態勢を取り始める。防空支援専門の小型機、といってもそれはアイガイオンに比べたらの話で戦闘機に比べれば冗談のような大きさがあるのだが、小型機ギュゲスが動き出し、さらにアバランチが驚愕の声を上げる。
《な、なに!? あのデカイのから戦闘機が発進してるぞ!》
 なるほど報告通りにアイガイオンは空中空母でもあるわけだ。確認した事実にゴーストアイは素早く計算を巡らせる。エストバキアにとっては最後の砦となる超兵器の護衛隊だ、当然……。
《タリズマン、魔術師のエンブレムだ! まとめて緒戦のお返しをするぞ!》
 やはり例の精鋭部隊シュトリゴンか、とゴーストアイは一瞬険しい顔になる。その原因の半分は、いまのシャムロックの声が帯びていた激情だ。グレースメリアで直接刃を交えた彼らを前に、シャムロックの平静さが失われかけている。
《ガルーダ1より2! オーケー、でも油断するなシャムロック。新隊長さんが挨拶に来るだろうから、丁重にお持てなししないと失礼だろ?》
《……そうだったな。まあ、その「彼」が、僕たちのダンスについてくることができればの話だけど》
《あははっ! そこは期待できそうじゃない?》
 作戦中にも関わらず、ゴーストアイの唇が笑みを形作る。まったく、こういうあたりが『思わぬ効果』だ。激烈な対空砲撃とミサイルの群れをかいくぐってアイガイオンとお供たちに斉射を加え砲台を潰しながら、それを阻止せんと仕掛けてくるシュトリゴン隊とドッグファイトを繰り広げていく二機を、AWACS内のゴーストアイは無線の会話とレーダー上でしか捉えることができない。
《タリズマン、後方に敵機!》
《右30、掃除よろしく!》
 隙を見せたかに思えたタリズマン機の後ろにすかさず敵が食いつく、が、それは逆にシャムロックにとっては格好の標的となって次の瞬間にはミサイルをぶち込まれ爆散していく。……その様子が安易に想像できるくらいに、ゴーストアイは彼らを冷静に観察し理解、いや、分析していた。

『そうしていると立派な親子だな、君たちは』
 つい先日、ゴーストアイが朝日の中に見つけたガルーダの様子は正にその一言に尽きた。三十代も半ばを過ぎようという男と妙齢の女性に対して使うべき表現でないことはわかっているが、ゴーストアイがふたりに期待した補完関係に最も近い単語がそれなのだから、さもありなんだ。
 恐らくふたりの関係を周囲に問えば、地上においても空においても、シャムロックがタリズマンを護り支えていると評するだろう。だが、それは真実すべてではない。ゴーストアイに言わせれば、その地上と空という区別がまず相応しくない。
 空でも地上でもなく、ある一点においてはシャムロックこそが真にタリズマンを必要としている。悪く言ってしまえば、彼にとって彼女は守るべきものの身代わりだ。そうでもしなければ、シャムロックはこの戦争を『正常なまま』飛び続けることなどできやしなかったのだ。それが上官としてのゴーストアイの冷徹な判断であり、いくつもの幸運の末の、計算尽くの配置だったのだ。
 ただゴーストアイにも予測できなかったのは、タリズマンもまた奥底に望みを沈め『求めて』いたことであり、シャムロックがそれに気がつき『応えようとして』しまったことだろう。その結果として、二人はより強固な絆を結び、ゴーストアイの期待を遙かに上回るエメリアを導くエースとなり……すべてを突き崩しかねない綻びをそこに潜ませてしまったのだ。

《ガルーダ1、一機撃墜!》
《ナイスキル、タリズマン! さすがだな》
《こっちこそフォローに感謝。で、ゴーストアイ、いまので最後だよな?》
《シュトリゴン隊が全滅? 馬鹿な、本当なのか?》
 図らずもタリズマンの確認に応えたのはゴーストアイの通信ではなく、混線が続いている無線の、動揺に掠れた敵側の声だった。確かに、すでに戦域に魔術師のエンブレムを飾る赤黒いSu-33の姿はない。
 妙だ。ゴーストアイの眉間にしわが寄る。事前の報告にあった新隊長とおぼしき機体が確認されていない。ここまでガルーダが墜とした者たちは、確かに腕は立つが充分に予測の範疇に収まるレベルだ。対ガルーダとは、お世辞にも言えない。
《護衛機の全滅を確認。ガルーダ隊、残す本丸へ攻撃を続けろ》
 それでもアイガイオンはまだ健在であり、ゴーストアイはそちらへの攻撃を命じる。違和感は拭えないが、ここで潰すべき第一目標はこの巡航管制機なのだから。了解、という返答と共にウィンドホバー隊に合流しようと翼を返したガルーダたちの目の前で、アイガイオンの全砲門が開く。
《まずい! 全機、全方位砲撃と例のミサイルが来るぞ、気をつけろ!》
《シャムロック、ついてこいよ!》
《は? まさか……くそ、あいかわらず無茶をする!》
 ウィンドホバーの焦った声に構わず、タリズマンがその傍をすり抜けて、なんの躊躇もなくアイガイオンに向かって突っ込んでいく。それにぴったりとついていくシャムロックも見送りながら、なにをする気なんだ、とセイカーとラナーが息を呑んだ。
《ちょっとお邪魔しますよぉぉっ!》
 無茶苦茶だ! タリズマンの楽しげな声が耳に響く中、ゴーストアイの叫びは音にならないまま口中で消え、その視界、いや、実際はレーダー上でアイガイオンのマーカーとガルーダ隊のマーカーがぴったり重なる。
《た、タリズマンとシャムロックがやつの中に飛び込んだ!?》
《ガルーダ2、FOX2!》
 ウィンドホバーの声に、シャムロックの、さすがにややうわずったコールが重なる。シュトリゴン隊が発艦したアイガイオン内部の飛行甲板に飛び込んだ二機は、そこでミサイルを発射し周囲を破壊したらしい。爆音と上がる白煙を背に中を抜け、反対側に飛び出してくる。
《やったわ! 敵の指揮機にダメージ!》
《タリズマン……なんてことしやがるんだ……》
 確かに、飛行機が発着する機構なのだから通り抜けることは可能だろう。目の前で見せつけられれば納得できる発想だが、戦闘状態にあってそれを思いつき、しかも砲門を向けられた中でやってのける辺りが型破りなエースたる所以と言うべきなのか。ラナーとアバランチがあっけに取られている中、AWACSらしく素早く己を立て直したゴーストアイは状況を確認する。
《だが、これで……》
 内部の破壊を受けたアイガイオンは明らかにその動きを鈍らせ、電子制御機構にダメージを負ったのか全身のエンジンユニットをエメリア軍の前にさらけ出していた。
《これで丸見え! ガルーダ2、片っ端から潰すぞ!》
《まったく、君は最高の相棒だよ。ガルーダ2了解、派手に行こう!》
《こちらスカイキッドだ! こっちも乗らせてもらうぜ、タリズマン!》
 ガルーダが切り開いた先へと駆け抜けるエメリア軍の一斉攻撃に、アイガイオンも最後の力を振り絞るかのように全方位攻撃を仕掛けてくる。荒れ狂う対空砲の嵐の中、基本に忠実な一撃離脱を果敢に繰り返し着実にエンジンを潰していったタリズマンのミサイルが、やがてその最後の一基を砕いた。
《こちらガルーダ1、敵機左翼のエンジンユニットを破壊!》
《確認した。敵巡航管制機に致命弾! あと一息だ!》
 すでにコットスとギュゲスはすべて撃墜されている。これでほぼ勝利は確定か、と息を詰めつつも余裕を感じるゴーストアイだったが、信じられないことにアイガイオンは未だにその巨体を中空に保っていた。
《ここでアイガイオンを失うわけにはいかん。ニンバスを放て、攻撃を続けろ》
 さらに、混線している無線からアイガイオンクルーの、半ば覚悟を決めたような静かな声が聞こえてくる。この至近距離で例の巡航ミサイルを撃ち尽くすつもりか、相手も自棄だな、とゴーストアイがその着弾範囲予測を各機のレーダーに反映させるべくオペレーターに素早く指示を飛ばす。が、そこで別のオペレーターが裏返った声を上げた。
「敵巡航管制機より一機の出撃を確認! さらに当空域内にアンノウンが一機、高速で接近中!」
「なに?」
 出撃機は出遅れた護衛機だとして、アンノウン? いまさらエストバキアの増援か? だが一機のみ? 予想外の事態にゴーストアイの『目』が一瞬、曇る。そしてその隙をあざ笑うかのように広域レーダーに異常な速度を示すマーカーが現れた。
《……間に合わなかったか。だが……》
 雑音混じりに聞こえてきたのは男の声。そして無線が混線していることは承知の上といった風に、はっきりと声が、彼らの名を告げる。
《ガルーダ、聞こえるか。まだ終わってはいない》
《誰だ!?》
《ゴーストアイ、いまのは?》
《戦闘機だ、速い!》
 そう、凄まじい……専用にチューンされた実験機以外ではあり得ないスピードで迫ってきたものは、しかし確かに戦闘機であるようだった。しかしそれ以外にはなんのデータもなく、タリズマンのいぶかしげな声に応える術をゴーストアイは持っていない。
《アンノウン、ミサイル発射! ガルーダ隊ブレイク!》
 ミサイルとは言ったが、そうでないことは実はわかっていた。この射程でこの弾速はあり得ない、が、そう警告を発するしかない中、とっさに反応したガルーダの二機の傍を赤黒い機体が掠めていく。
《なっ、なんだあれ、見たことない!》
《だがあのペイントは、エストバキアの新型機か?》
《……だろうね!》
 再びシャムロックの声に熱がこもり、タリズマンもまた自機を操りつつ正体不明、いや、間違いなく敵機であろうそれを視界に見据える。と、そこに、今度は別の嗄れた男の声が割り込んでくる。
《くはは……あれは我が国の……来てくれたか。くはははは……》
《……う》
 それはアイガイオンより出撃したSu-33からのものらしい。不気味な笑い声に、ぞくりとした、生ぬるいもので肌をなでられたような感覚がタリズマンの背を走る。その男の声には自身に向けられた悪意が宿っていると、彼女にはなぜかわかった。
《聞こえているな、ガルーダ1》
 その笑い声を背に、ニンバスとアイガイオンからの砲火、エメリアの戦闘機が踊る戦場の果てのような舞台の中、新型機を駆り余裕すらある飛行を見せる男の声は続く。
《初めまして、タリズマン。なんの挨拶もないまま不躾だが、是非とも君にダンスを申し込みたく参上した》
 名指しを受けて、タリズマンの目にぐっと力が宿る。恐らくあれが『対ガルーダの切り札』、新たなシュトリゴン・リーダーなのだろう。しかし、なぜこのタイミングで出てきたのか、そもそもなぜアイガイオンに乗艦していなかったのか、なぜ単機であるのか……遅すぎるその登場に多くの疑念が湧くばかりだ。
《返事はなしか。つれないね、エメリアの天使?》
 そんなエメリア側の気持ちを知ってか知らずか、本気で残念そうな響きの、しかしとても戦場でのものとは思えない言い草にタリズマンがふっと息を吐く。それはシャムロックには、半分笑ったようにも聞こえた。
《天使? 私が? 貴方、なにを言ってるんだ?》
 タリズマンと同じく、男にもその声がはっきりと聞き取れたのだろう。ほう、と今度は男が感嘆の息を吐く。
《驚いたな。我がエストバキアを追い込み、そしてアイガイオンを海に還そうというのが本当に、しかもこれほどまでにうら若き女性とは!》
《君は何者だ!?》
 大げさな、芝居がかった相手の語りを苛立ったシャムロックの声が遮る。その間にも、四機は入り乱れつつの混戦を繰り広げていた。が、それがあくまで互いへの牽制行動に過ぎない。
《ではレディ、お相手を。行け!》
 名乗らないままの男―パステルナークのそれこそが、真の戦闘の幕開けを宣言する。同時に、レーダーに十数個の反応が突如出現した。これはなんだ、とシャムロックが思うよりも先、本能で危険を察知したかのような早さでタリズマンが瞬時に判断を下す。
《シャムロック、掩護! あいつは私がやる!》
《急ごしらえゆえにマーレボルジェはこれだけしか使えないが、君への手土産には充分かな?》
 パステルナークが呟く事柄の意味はまったくわからなかったが、分析システムが弾き出した、出現した飛行物の正体にゴーストアイは舌打ちする。恐らく無人戦闘機、有人ではあり得ない異常な機動と銃撃は非常にやっかいと推測される。それでも交戦は避けられない。さらに先ほどの詳細不明な遠距離攻撃もかなりの脅威であり、最後のSu-33も老獪な動きを見せている。……こちらのエース達も油断はまったくできない。
《タリズマン!?》
《ガルーダ2!》
《りょ、了解。掩護に回る》
 だというのに、いつになく鋭いタリズマンの声にシャムロックが僅かに戸惑っている。それに、ゴーストアイのこめみかに嫌な汗が流れた。無論、この状況下で現れた敵エースの脅威が一番であるが、それ以上に、ここでガルーダになんらかの影響が出る事態だけは避けなければならない。彼の『目』は、この隊の強さと紙一重の脆さをはっきりと見つけているのだから。
 シャムロックがSu-33を、そしてアイガイオンへの攻撃より離れ支援に加わったアバランチ隊が無人機を相手にする中、タリズマンとパステルナークの『ダンス』は続いている。
《タリズマン、10時方向にミサイル!》
 Su-33を相手にしつつ、それでもフォローを忘れないシャムロックに対し、機体は反応し動くがタリズマン自身の返事はない。圧倒的と言っていい機体の性能差を埋めようとする彼女の凄まじい集中と執念を感じさせる息遣いだけが微かに聞こえ、それがゆえにすべての介入を拒んでいるようでもあった。
《……鬼神の、亡霊め》
《なに?》
《我がベルカの栄光に伏し……墜ちるがいい》
 Su-33のパイロット―ロレンズ・リーデルのつぶやきもまた、シャムロックには意味がわからない。ベルカというのはあのベルカ公国のことなのかと思うが、それ以上の推考には材料が少なすぎる。
《……聞こえる。我らが戦友の……高貴なる魂の声が……》
《なんのことだ? なにを言っている!?》
《邪魔はさせん。ここは……では……ない》
 話が通じる相手ではないようだ、とシャムロックは相手に問い質すことを諦める。一体なにが起こっているのか、一人取り残されてしまったかのような状況に彼の操縦桿を握る手に力が入った。だが、すべてが、タリズマンですら自分を拒んでいるかのような感覚に、逆に彼の心臓は冷えていく。
《やるじゃないか、天使たち。……中佐、噂通りの部隊ですよ》
 もっとも、シャムロックは拒まれる以前に介入ができない状況にあった。パステルナークの、やはり理解のできない愉快そうな声が聞こえてくる中、シャムロックは必死にリーデルを撃墜すべく自機を駆る。パステルナーク機の放った無人機は指揮機の掩護をメインとするのではなく、その周囲にある敵機を攻撃するようにプログラミングされているらしい。おかげでアバランチたちもタリズマンの掩護を満足に行うことができない。
(彼女をひとりにしないと、そう約束したんだ!)
 こいつを墜とし一刻も早くタリズマンの掩護に復帰しなくてはならないという、自身は気がつかないであろう二重の意味を含む焦りの中、シャムロックの耳に微かな声が飛び込んできた。
《……違う。私、は……》
 荒い息に混じったそれは、誰に向けたものなのか、誰に向けたものでもないのか。
《空が……》
《タリズマン!?》
《空が……狭い……っ》
 果たしてこの戦場に在る幾人に、それが聞こえたのだろう。しかしシャムロックの中には、まるで砂に落ちた雫のように一瞬にして染みいった彼女のつぶやきは、間違いなく震えていた。歓喜にか恐怖にか、及びもつかない他のなにかにかと判断するいとまは彼にない。次の瞬間、つんざくノイズと一番聞きたくない音が無線に溢れかえったのだから。
「ガルーダ1被弾! 機体に深刻なダメージの可能性!」
 オペレーターの悲鳴のような報告にゴーストアイが手のひらでテーブルをたたくのと、シャムロックがまとわりつくSu-33の背後を取りミサイルを発射したのはほぼ同時だった。自身の成果を確認することもなく旋回したシャムロックの視界の先、ガルーダのエンブレムを閃かせてF-15Cが……敵の攻撃をかわし機体を翻らせるはずの鳥が、そのまま下降していく。
《タリズマン!!》
《……ガルーダ1、応答しろ。ガルーダ1!》
 耳朶を打ったシャムロックの絶叫が、逆にゴーストアイを冷静にした。素早く目を走らせたレーダー上、タリズマン機を示す光点は撃墜を示して消えようとしていた。が、まだ生きていたらしい無線から、声が聞こえてくる。
《うあっ、ぐ、う……》
 聞いたこともない苦痛に耐えるうめきは彼女が生きていることを、機体の電子制御が未だ動いていることを示していた。が、レーダーからマーカーは消失する。レーダーに捉えきれない超低空を飛行しているのか、それともまさに墜落せんとしているのか。自分の想像にぞっとし、それを吹き飛ばそうとゴーストアイは全軍に指示を飛ばした。
《向かえる機体は最優先でガルーダの支援、敵アンノウンおよび無人機を撃破せよ! シャムロック、タリズマンを!》
《わかっているっ!》
 シャムロックのF-15Eが超低空飛行を始める。その上空に響くひときわ大きな爆発音は、アイガイオンの断末魔の叫びだ。唯一の友軍機であったSu-33が撃墜されアイガイオンもこれまでか、と見切りをつけたパステルナークが機首を翻し超高速で戦域を離脱し始めたのを確認しつつも、ゴーストアイは自身の掌につめが食い込むほどに拳を握る。
《ガルーダ2から1! 聞こえるか? 応答を! ……タリズマン! 応えてくれ、タリズマン!!》
 またしてもガルーダの活躍によって作戦は成功、これによって戦況は間違いなく好転する。しかし事態は最悪へと転がり始めていた。


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