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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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風色サーフ SS
アレックルート、第10章後ED前
アレックとジネット

 うっすらと目を開けたとき、自分がどうなって、今がいつで……そんなことすらアレックの脳裏に浮かんでこなかった。ただ、生きていることを自身に言い聞かせるようにあえぐ喉が奇妙な音を立てて、それにすぐ側にいたらしい誰かが大げさに反応し何事かを叫ぶのが感じられた。
「私がわかりますか?」
 のぞき込んできた女性の問いかけに返事をしたかったが声が出せない。しかし、その紫がかった髪と強い瞳になんとかうなずく。
「よかった、意識はあるようですね。ここはシュレスベルク領の街、ここにいるのは小シュレス主義を掲げる者たちです。貴方はたどり着いたんです」
 ああ、そうか。自分の置かれている立場を思い出して、アレックは目を閉じる。
「後は任せてください。貴方の身は、私たちが全力でお守りします」
 凜としたその声は、とても耳に心地よかった。

「ああ、起き上がって大丈夫なのですか?」
 ノックのあとに部屋に顔を出したその声の持ち主、ジネット・アラドは、ベッドに半身を起こしたアレックに少し驚いた顔をする。それにアレックは軽く笑ってうなずいた。
「ええ。おかげさまで、体調はすごく良いんです」
「そうですか。しかしまだまだ重傷なのですから、どうか安静に」
 そう言いながらジネットはアレックの傍らに歩み寄り、手にしていた盆をベッド傍に備えつけられたテーブルに置く。先ほど、アレックが世話係兼護衛のひとりに頼んだ飲み物を持ってきてくれたのだろう。
「どうぞ」
「すみません、貴方が自らなんて」
「気にしないでください。私なんて、普段は雑用係のようなものですから」
 カップを受け取りつつ頭を下げたアレックに快活に笑ったジネットは、そのまま椅子に腰を落ち着け自分の分を手に取った。
「それに、少し事態に進展がありまして。ご報告もしたいと思っていたのです」
 その後、アレックがもたらした親書によって急速に転がりだした事態の説明がなされ……二人が手にしたカップの中身が冷え始めた頃、アレックが大きな息を吐いた。
「良い方に向かっているかもまだ判断がつかない、といったところですね」
「ええ。投じた石は小さく広がった波紋も微かなものですが、波を立てた事実は確かです。それが陸に達しどう反ってくるのか、まずはそこですね」
 うなずいたジネットが、しゃべり続けて乾いた喉を潤そうとカップの中身を口に運ぶ。それから、肩から力を抜いてアレックを見やった。その瞳には、先ほどまで宿っていた烈火の如き意志はない。
「いまだに、なにか、信じられない」
「なにかって、なにがです?」
「そうですね、まずは貴方が伝説のエースだということが、です。大戦時には帝国のパイロットたちが『ブラウシュバッツ』と呼び恐れたと」
「ああ……」
 懐かしい呼び名だ、とアレックは苦笑する。なんにつけても異名をつけたがるのは大仰でロマンチスト揃いな帝国人の特徴だ。自分にまで、かの『グリュンフォイエル』と並ぶそんな名がつけられていることを当時捕虜となった兵士達から伝え聞いたとき、大いに呆れつつも誇らしくあったのは否めない。それだけ己の力を帝国が恐れているのだと自惚れていたと考えれば、なんとも馬鹿馬鹿しい話だとかつての自分の青さが身に沁みた。
「ん、失礼。その名は……」
「ああ、いいんです。見下されているなんて思いませんから」
 『ブラウシュバッツ』は『青いスズメ』、つまりオオルリを駆りうっとうしく飛び回る敵国パイロットへの、裏を返せば畏怖を隠すための蔑称に近い。それも承知の上でアレックは首を振り、逆にくすりと余裕のある笑みを浮かべてみせる。
「では、どんな人物だと?」
「そう聞き返されると、実は困ってしまうのですよ」
 と、肩をすくめてジネットは続ける。
「なにしろ、私はパイロットというもの自体がよくわかっていませんでしたから。空を飛ぶ命知らずの兵士だというイメージばかりが先行していた」
「でしょう、ね」
「貴方も実際に、熾火のような瞳をした人だ」
「俺が?」
 その例えに、アレックは思わず驚いた声をあげた。そんな瞳をしているのは、一度は飛行機を降りた自分よりもむしろ目の前の女性であろうと思うのだが、ジネットはなんのためらいもなくうなずく。
「ええ。だから私のイメージは間違っていないのだと思った。パイロットと呼ばれる兵士は、自らの命を、あるいは信念を燃やし空を飛ぶ。地上にいる兵士が地を踏みしめ進軍するのとは、まったく違うのだと」
「…………」
「しかし、ここにも矛盾がある。貴方が自らの命に執着を持っていないという矛盾が」
「そんなことは」
 ない、と言おうとしたアレックを、ジネットは目で制する。どうやら話にはまだ続きがあるらしい。
「わかっています。命に頓着しない人間に物事を成すことなどできやしない。貴方が執着しているのは自らの命ではなく、その命を愛してくれるすべてなのでしょう」
「それは、当たり前のことでは?」
「当たり前ではありません。そして当たり前と思えるから貴方は生き残った。……ユクトランドという国が今日まで、世界でも活気あふれる国であり続けられるのもの、同じ」
 ジネットは悲しげに目を伏せる。……そこにいるのは、この国を変えようという強き意志を以て己をなす指導者ではない。世界の理不尽に、無謀と知りながら徒手空拳で立ち向かう幼き感情に破れた勇者の姿だ。
「ジネットさん?」
「ああ、すみません。相手が英雄殿だと思うと、ついこんな言葉も出てしまうのですね。参りました」
 だが彼女は、まだ世界に対して負けを認めていないのだろう。どんなにボロボロになろうとも絶対に敗北を受け入れない覚悟こそが、勇者の条件だ。一度破れ眠りについた勇者が再び目覚めるときこそが、真の戦いの始まりとなり得る。そしてそれは、英雄の条件でも生き方でもない。
 この女性は、後の世でなんと呼ばれるのだろう。少なくとも自分の異名などとは掛け離れた、そして並び称された『彼』ともまた違う輝ける名を頂くに違いない。もしくはそれすらよしとせず歴史の狭間に消えていくのかもしれない。そう思い、アレックはただ、微笑む。
「俺はそんなに大層なものじゃありませんよ。呼び名通りの、臆病な男でしたから」
 
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