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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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風色サーフ SS
アレックルート、第6章後くらいっぽく
ナカジマとアレック

「なにやってるんですか、親方?」
 海にせり出した離水用桟橋、その先端に腰掛けている背中にアレックは声をかける。いや、整備の長たる彼がここにいること自体はそれほどおかしな話ではない。ただその手に持っている物が、普段彼が握っているものとはかけ離れていたからだ。
「アレックか。なんだ、俺に用か」
「いえ、そういうわけではないんですけど」
「つまり暇か?」
 にやりと笑って軍人とはしては不謹慎なことを言う彼―ナカジマにアレックは苦笑する。確かに現在、急ぎの仕事があるわけではないが、暇だからと釣り糸を垂れるのが軍務かと言われれば当然、否だ。
 とは言え、鬼と渾名される気難しい少佐ならともかく、それを注意するほどアレックも野暮ではない。むしろ興味深げに隣に立ち竿の先を覗き込んだ。
 アレックがこの小隊に配属となって長いが、この海でなにが釣れるのかなど考えたこともなかった。というよりも、飛行機の立てる波や騒音に魚も逃げてしまうのではないかと素人なりに推測し、首を捻る。
「こんなところで、なにが釣れるんです?」
「さぁて、色々だな。こないだは気苦労分隊長様の愚痴、その前はかしましい娘の魚料理蘊蓄、中尉殿の恋愛講座、鬼の昔話に白薔薇の思惑ってところだ」
「ははは、大物ばかりじゃないですか」
「だろ。で、今日の獲物がなんになるのかは潮の向くままってことだな」
 ちゃぷりと竿の先を手繰り、ナカジマはちらりとアレックを見上げる。
「話すことは特にないですよ?」
「そうか」
 いつもの、そう、いつも通りの差し障りのない笑みを返されてナカジマはふんと息を吐く。そしてまた竿の先に、目の前に広がる海へと視線を向けた。アレックもそれに習い海を眺める。こんなことになるのならスケッチブックでも持ってくればよかったかと思うが、さすがに取りに行く気にはなれなかった。
 蒼い海は今日も穏やかに凪いでいる。昔、自分の、オオルリの影を宿す青に吸い込まれそうになったことをふと思い出し、アレックは目を細める。それに対して、よく晴れた空を映すから海は蒼いのだなどと小洒落たことを返したのは誰だっただろう。……その、少しは過去を思い返すことができるようになった自分に、アレックはもちろん気がついている。それが誰のおかげかも、わかっている。空を想うことが彼女を想うことに繋がっているのは、きっと、この空が結局はひとつで在ることと似ているのだろう。
 そのまま微かな潮の音だけがその場を支配する。ナカジマの竿に当たりは一向に来ない。それでもいいと思えてしまうのは行為の目的に大いに反しているのだが、ふたりは少しも気にしていなかった。万が一、釣果があがればティノが腕を振いナカジマの晩酌のつまみが増えるだけの話だ。
「なあ、アレックよ」
 何分が経ったのだろうか。いつしか、なにかを考えることすら忘れていたアレックを我に返らせたのは、ナカジマの少し真面目な声色だった。
「なんですか?」
「この竿にかかった魚は、海から出たらそれで仕舞いだ。そこにゃ、明確な分かれ目があるな」
「ええ」
 ずいぶんと唐突な上に当たり前の話をされてアレックはやや戸惑う。ひとまず頷くと、ナカジマはひょいとまたアレックを見上げて……いや、違う。その視線はアレックの遙か向こう、空の彼方を見つめている。
「じゃあよ、俺たち人はどうなんだ? 空と陸の境目ってのはどこにある? ちょいと跳ねれば、そいつは飛んでることになんのか?」
「……親方?」
「若ぇ頃はそんなことを考えてたもんさ。結局、その答えは世界のどこにも転がってなかった」
 ナカジマが、『空を飛びたい』という夢ひとつだけを携えて国を飛び出し世界を放浪していたことはアレックもよく知っている。その終着となったのがユクトランドという国、ロランドという街であることも。ここになら骨を埋められる、彼からそんな雰囲気を感じるようになったのはつい最近、そう、彼女―新米の女性整備兵が驚くべき速度で成長し彼の愛弟子とも言える青年と肩を並べ始めた頃からだ。
 だからこそアレックはナカジマの口ぶりに眉をひそめる。一瞬、それがまるで遺言のように聞こえて。
「俺の故郷にはな、根の国ってもんがある。長く深い坂道を下ってくとそこは死の国、死んだ連中の住む国に繋がってんだと。だけどよ、こっちじゃ死んだ連中は天に還るんだろう? つーことは、空を飛んでる連中は、半分死んでんじゃないのかって思うんだよ」
 死。その単語にアレックがとっさに顔を背ける。その顔色がわずかに青くなったことを悟られたくない無意識の行動だったのだが、相手がナカジマではそれ自体に意味がない。わかっていても、アレックは強く目をつむり、それこそ黄泉から聞こえたのだろう声を振り切る。
 そんなアレックの行動をナカジマは充分に予測していた。予測できてしまうからこそそこから外れることに賭けているのだが、彼はいまだにその勝負に勝ったことはない。
「……おう、悪かったな」
「いいえ、親方が謝ることでは」
 互いに確認し合ったことはまったく別だとしても、たったそれだけのやりとりで充分だった。そこでまたこの話は終わってしまうのだろうことまでがナカジマの予想範囲だったのだが、
「親方」
 初めてそこから外れ、アレックが話を続ける。
「貴方の言うこととは別として、パイロットが半分違う世界を覗き込んでいることは確かです。だからこそ、彼らは空に惹かれる」
「『引かれる』か」
 一等、不吉なこったな。そのつぶやきはナカジマの口からは出なかった。この男にそれを言えば、間違いなく自分は『引く者』に成り下がったと思い込むだろうから。しかし、戦争が無差別の虐殺と同意義を持ち始めた今、パイロットが引く者であることは一方の側面からすれば確かなことなのだろう。
「だから……」
 愛おしげに空を見上げたアレックは、そこで小さく首を振る。それは言おうとしたことを否定したいのか口にすること自体を拒絶したのか、どちらとも取れるものだった。
「……そのまま向こう側に行ってしまう者と地に墜ちる者の差がどこにあるのなんて、それこそ、越えてみなくてはわからないんでしょうね」
「だろうな。そうでないのなら、したり顔で選別してやがる誰かがいるってことだ」
「神、と呼ばれるものですか?」
「俺ぁ神なんて信じちゃいねぇさ、いるのかもしれねぇがな。さて、そろそろ仕事に戻るとするか」
 ナカジマの竿が引き揚げられ、なにかを断ち切るように二人の空間の合間を舞う。慣れた手つきで手繰った先の糸の何気なく見たアレックは、一瞬、きょとんしてからナカジマに視線を向ける。
「それじゃ釣れませんよね?」
 呆れたアレックの声にナカジマは、かっかっかと笑い声を上げながら針の代わりにただの重しがついた竿を肩にかついで立ち上がった。
「へっ、古今東西、考え事のときはこの釣り針って決まってんだよ」


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