「おい、八幡いるか?」
「なんだね、黒井くん」
ドアを開け放つ音の後に続く、聞きなれた問題児の声に、八幡は顔を上げる。そこには金髪の生徒、黒井慎二と八幡も見覚えのある女生徒、紬原雪都がいた。このふたりは、学校がおかしな事態になって以来、常に行動を共にしているらしかった。それ以前に交友があったかなど、八幡には知るよしもない。
「あのさぁ、ちょっと、預かって欲しいモンあんだけどよ」
「構わないよ」
そんじゃ、と黒井がブレザーのポケットから取って差し出したのは、握ることが出来る程度の大きさの白い石だった。元々は大きな石だったのを砕いたらしく形はかなり不恰好で、しかもその角はかなり鋭い。今切り出してきた、そんな感じだ。
「なんだい? なにか、特別な石なのかい?」
受け取ってみれば、かなり軽い。軽石なのかと思ったが、どうもそうは見えない。謎めいた石ではあるな、と八幡は心の中で独り言ちる。
「……特別っつーか、な」
「私達は持ってちゃいけないんだけど、誰かが持っていないと元の世界に戻れないから、先生に預かってほしいんです」
「うん、まあ事情はよくわからないけどお安い御用だよ」
軽く請け負って、八幡は石をポケットにしまった。この石の正体よりも、それを見届けるふたりの表情が気にかかる。黒井も雪都も、こんな……曰くし難い表情を浮かべていたことはない。このふたりは、良くも悪くも感情が顔に出やすいと、魔界に堕ちるまで特に大きな接点を持たなかった八幡ですら思っているのに。
「ええっと、ふたりとも、何かあったのかい?」
しかし、ここで『教師らしい』気の利いた台詞でも吐ければ、そもそも八幡が黒井や他の生徒に呼び捨てにされるようなことはないのだ。
「何でもねぇよ。行こうぜ」
「ん。じゃあ、先生」
「あ、ああ」
ふたりがさっさと出て行った後、八幡はポケットから石を取り出した。思わず電灯に透かしなどしてみたが、別におかしなところはない。
「……そういえば」
ふっと思い出す。さっき、雪都は『戻れない』と言った。この石のことを言うなら、『持って帰ることが出来ない』ではないだろうか?
そうは思ったものの、八幡は国語教師ではなく数学教師だったからか、日本語の細かな違いなど別に気にすることでもないか、と石を再びポケットにしまった。
ただ、ふたりのあの表情は、未だにまぶたの裏にちらついていた。
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