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ゲーム寄りのよろず二次創作ブログ
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ACE COMBAT 6 SS
モロク砂漠戦車戦後のガルーダ隊+α



 それから、どのくらい経ったのか。突如ふっと意識が浮上しシャムロックは目を開けた。視界に広がった闇に沈んだ自室の様子に、もう夜になったのかとボンヤリした頭で思う。次に、ということは恐らく夕食を取るタイミングを逃してしまったな、などと考えてしまった自分に苦笑いが漏れた。軍人は体が資本だ、どういった状況でも食べるべき時にきっちり食べて備えろと教え込まれた感覚は自室謹慎を命じられても働くものらしい。
 さて、どうせすることもないのだからこのまま再び目を閉じてしまうか、それとも一度起きるべきだろうかと考えつつ何気なく視線を動かしたところで、シャムロックはようやく視界に本来あるはずがないものが存在するのに気がついた。
 人が、いる。
 窓から差し込む野外照明のわずかな光の中に浮かぶ、ベッドの縁に浅く腰掛け組んだ足の膝に両手を置き天井を見上げているその横顔を、シャムロックはよく知っていた。が、彼女がここにいるはずがない、互いに謹慎を命じられた身の上なのだから。
 情けない、とシャムロックは自身に呆れる。きっとこれは眠りにつく前に自身の中で渦巻いていた感情が形作った幻か、あるいは夢の延長だろう。なにしろ目の前に在るのは、今、最も会いたいと思っている相手だ。だから大して疑問も抱かず、彼は自身の影法師に向かって夢うつつのまま口を開く。
「タリズマン?」
 寝起きの喉からは掠れた声しか出なかった。夢なのにそんなところもリアルなのだな、なんてやや場違いなことを思ったシャムロックに、幻は振り返って軽く微笑む。
「ん? 起きた?」
「……ひょっとして待たせたのかな?」
「ううん、そういうわけじゃない。私が勝手に来て勝手に待ってたんだ」
「そうか……」
「なんか新鮮だなぁ、シャムロックが寝てるとこ見るなんて。いつもは私が寝てばっかだもんな」
 そんなことを言いながら片手をベッドにつき興味深そうにシャムロックを覗き込もうとする仕草は、いつも通りの彼女だ。つまり自分はこういう『いつも通り』を彼女に対して望んでいるわけだな、と他人事のように冷静に分析しながら、彼はふと投げ出した腕の近くにつかれた手に指を伸ばし触れる。
「……あれ?」
 自身でも驚くような間抜けな声を出してしまった。というのも、そこにはっきりとした感覚と熱があって……これは夢ではないらしいという結論に、シャムロックの思考が停止する。
「んー? もしかして寝ぼけてる? 言っておくけど、これ夢じゃないからね?」
 が、まるで彼の思考を読んだかのような台詞に、止まった思考は逆に高速回転し現状の認識に努め始めた。彼女は幻でもなんでもなくここにいる、でも謹慎中のはずで、だというのに自室を抜け出すという命令違反どころではない行動を取っている?
「なっ!」
 そこに至って、シャムロックは勢いよく身を起こして彼女の、タリズマンの両肩を掴んでいた。
「どっ、うして君が……ここにいるんだ?」
 かろうじてドアの外にいるはずの監視役に気取られないよう声を抑える配慮は働いたが、その分、掴んだ手に力が入ってしまった。それにタリズマンは驚いた顔をしただけで痛みを訴えることはなく、それもすぐにイタズラに成功した子どものようなものに変化する。
「まあ、エース様のご威光ってやつ? そんなものなんの役にも立たないし使いたくもないって思ってたけど、やり方によるんだな」
「は?」
「見張りの人とかを、頼んでごまかして抜け出してきたってこと」
「だ、だとしても、ごまかしきれるものじゃないだろう」
「うん、だから精一杯こそこそしてきた。ちょっと楽しかったよ。特殊部隊になったみたいだった、なんて言ったらレオニードの皆に笑われそうだけど」
 ほら、とタリズマンが得意そうに指さした先を見れば、部屋の窓が少しだけ空いている。寝る前はきっちりと閉まっていたと記憶しているので、どうやらそこから入ってきたということらしい。確かに、ここまでの多くの作戦で活躍してきたエメリア陸軍特殊部隊「レオニード」のメンバーに言わせればこの程度児戯に等しいだろうが、問題はそこではないとシャムロックは彼女の予想外すぎる行動に頭を抱えたくなる。
「滅茶苦茶、だ……」
「それが私の専売特許らしいじゃん?」
 対アイガイオン戦に続き、ラグノ要塞突破作戦ではグラジオ渓谷を刳り貫くトンネルに戦闘機で潜り込み内部から破壊するという無茶な作戦を提案し成功させ、その存在を改めて知らしめエメリア軍の喝采とエストバキア軍の畏怖を浴びたエースパイロットはとぼけたようにそう言ってみせた。それに、まったく説得力がありすぎる、とシャムロックも同じように笑ってしまう。
「君は、本当に無茶ばかりするな」
「……シャムロックだって人のこと言えないだろ」
 その瞬間、タリズマンの表情から明るさが消えた。暗い部屋の中だというのが嘘のようにそれがはっきりとわかってシャムロックはぎくりとし、彼女の肩を掴んだままだった手を離して身を引こうとした、が、タリズマンの行動のほうがそれより早い。ぐいとばかりにシャムロックの胸倉を掴み、逆に思い切り引き寄せる。
「タリズ、マン?」
 息がかかるのではないかと思えるほどの距離は、薄闇の中でも瞳の中に映る互いがわかるほどだ。真っ直ぐに貫いて来る彼女の視線は、シャムロックを逆にこちらから深淵を覗き込んでいるような錯覚に陥らせる。そして再び首をもたげるのは、殴られた際に芽吹いた恐怖。それにシャムロックが思わず自身を捉えるタリズマンの手に手を重ねれば、それを離せという意味に解釈したのか彼女はますます拳に力を込めた。
「シャムロック」
「な、なんだ」
「答えてもらってないよな。あの時、どうして私の命令に従わなかったのか」
「あ……」
「っていうか、理由なんてわかってるけど、ね」
 それはそうだろう、とシャムロックは恐怖を押さえ彼女の瞳を見返す。だとすればタリズマンはなにを望んでいるのか、それもまた眠りに逃げ込む前の彼を苛んでいた思索の一部だったが答えなど出ておらず、とりあえずの言葉が口から反射的に漏れだしてしまうのを止められない。
「覚悟は、あったんだ」
「覚悟? なんのだよ、命令違反のか?」
 あざ笑うような言い方はわざとらしく、醜悪な響きすら孕んでいた。なんに対する覚悟か、なんて。その問いは罵られるよりもシャムロックを強く打ち据え、さらに彼女は容赦なく続ける。
「都合のいいことを言うな。理由も覚悟も誰だって同じように持ってる、ゴーストアイもだよ。その上でなにか申し開きがあるか?」
「…………」

《シャムロック、貴様、聞いているのか!? 命令違反だ、攻撃をやめろ!》
《ゴーストアイ! 貴様に肉親を取られた奴の気持ちがわかるか!? 誰にも止めさせはしない!》

 また、殴られた頬が疼いた気がした。タリズマンの正論に、それをわかっていながらも喚き散らしてしまったことに今更、恥ずべきであったと自省の念が湧き上がってくる。そうか、だから彼女は……。シャムロックはようやくそこに思い至り奥歯を噛みしめた。タリズマンの、あの場での行動もまた隊長として正しいものだったのだ。
 そんな彼にタリズマンの表情にわずかに熱が宿り、口元が緩む。
「シャムロック、方向音痴が悪化してるんじゃない?」
「どういう……ことだ?」
「方向どころか生き方まで見失ってる」
 ふっとため息をついてから、タリズマンは改めてシャムロックと目を合わせる。が、そこにあるのは今までのような底なしの闇ではなく、はっきりとした強い意志だ。
「シャムロック、命の使いどころを間違えるな。あの状況で、単機で戦い続けてなにが変わった? 下手すれば、死んでただろ?」
 『死』。そうはっきりと言葉にされてシャムロックの背に、今頃になってぞくりとしたものが走る。
 無線は切ってしまっていたが、あの場でたった一機、彼女だけが共に戦ってくれていることは認識していた。連携は取っていなかったが身に染みついた感覚がそれに似た動きを互いにもたらしていたし、なによりもガルーダが両翼揃っている事実そのものが戦場において敵味方双方に多大な影響をもたらすのだ。シュトリゴン隊をすべて墜とせたのも、その部分が大きい。
 逆に言えば、もしタリズマンが命令通り撤退行動を取っていたのなら二人とも墜ちていたのだ。自分の衝動に任せた行為が相棒を危険な状況に巻き込み、その上、守るべきものをこの世界から消し去ろうとしていた。そしてなによりも、自身の命を自らで握りつぶそうとしていたのだ。
「すまない。僕の半端な行動で、君をこんな事態に巻き込んだ」
「ううん、私に謝る必要はない」
 心の奥底では理解していたがあえて考えることを避けていた真実に、シャムロックは目を伏せるしかなかった。が、間髪入れずに返ってきたそれに彼は驚いて顔を上げる。どう考えても自分のせいではないかと言外に語る彼の怪訝な表情に、タリズマンはかくりと首を傾け……彼女の、クセなのだろうシャムロックが見慣れた仕草をしてから、ゆっくりと口を開く。
「忘れた? 私はシャムロックの家族のためにこの戦争を戦うって、そう言ったよな?」
「……忘れるはずがない」
「だったら、わかるだろ?」
 まるで諭すようにそう言い、胸倉を掴んでいるタリズマンの手がひらりと返された。そして重ねられていた一回りは大きな手の指に指を絡めて、ぐっと握りしめる。
「私は決めたんだ。必ずシャムロックをグレースメリアに連れて行く。そして奥さんと娘さんに会わせるんだって、また家族になってもらうんだって。そのために、私にできることをしただけなんだから」
「……それ、は」
 シャムロックの中には、ひとつの疑念があった。彼の知る『相棒』はあの場での撤退命令を素直に受け入れる性格ではない。少なくともゴーストアイに向かい激しく理由を問い質すことくらいはするだろう。いや、正直に言ってしまえば、《やるぞ、ガルーダ1》という言葉に《おうよ、ガルーダ2》と、そう不敵に答えてくれると彼は信じていたのだ。
 だが、その想見は裏切られた。タリズマンが理由の告げられない撤退命令に従おうとし、それでも最後には命令違反とわかっていながらシャムロックに追従し共に罰を受けたのは、何故なのか。
 まったく、なにを難しく考えていたのだろう、とシャムロックは自身に呆れてしまう。彼女はただ、自身を突き動かす信念に従っただけ。初めて共に空を駆けたときと同じく、望む未来のために出来うる最善の行いをしているだけなのだ。
「なのに、シャムロックに死のうとされちゃ困るわけ」
 おどけた口調で付け加えながらシャムロックを覗き込む瞳もまた、彼女らしく幼い傲慢さ宿していた。だが彼は、その自覚した傲慢さの奥に隠れようとしている、縋るような光を見つけてしまう。
 それは相棒と呼ぶ戦友、かけがえのない存在の『死』へのただひたすらの、恐れ。
 今まで彼女を覆っていた闇。それは強き意志と自覚のない恐怖を強引にでも覆い隠すために幾重にも廻らされた紗幕だったのかもしれない。同時に、自身が感じた彼女への恐怖もそれの裏返しなのかもしれない。
「……君は……」
 ひとかけらの嘘も繕いもない真っ直ぐな、『シャムロックの家族に代わって』と誓ってみせたあの時と何一つ変わっていない彼女に、シャムロックの中にどうしようもない感情が溢れ出した。感謝、喜び、敬意、謝意、そのすべてが入り交じる及びもつかない情念は言葉という形になり得ず、代わって行為で現そうと思ったわけではないが、シャムロックは絡められた指を固く握り返し、それだけでは足りずに意外に小さな、しかししっかりとした造りの、まごう事なき戦闘機乗りのものである彼女の手を両の手で包み込み、そこに頭を垂れて額を寄せる。
「え、えっ?」
 それはまるで目の前に舞い降りた神の御使い―天使に祈るような仕草で、タリズマンが何事なのかと体を強ばらせる。が、本当にそれは一瞬で、すぐに小さく息を吐くと空いた腕を精一杯伸ばし、シャムロックの肩を抱くようにして目を閉じた。
「本当に、今日は新鮮なことばっかだなぁ」
「……嫌か?」
「ううん、全然。お互い様だよ」
 タリズマンの口調は、いつもは活発さがなにより印象に残る少年のようなものだ。しかし今はそれよりも穏やかさが先に立っていて、本当にいつかの時とすっかり逆になってしまった、だったらこのくらいは許されるだろうか、とシャムロックは重ねた手を片方解いて彼女の髪へ差し入れる。そして首の後ろ辺りに手を当てて引き寄せ、つむじの辺りに鼻先を軽く埋めた。
「タリズマン」
「ん?」
「ありがとう。本当に、ありがとう……マリア」
 他になにを言えばいいのかわからず、目を閉じて名を呼んだシャムロックの吐息がひんやりとした黒髪を温める。その感触にか名を呼ばれたことにか、あるいは両方にか、少しくすぐったそうに身をよじったタリズマンは返事の代わりに彼の背をあやすように叩いた。恐らく以前に名を呼ばれた、自身の過去や空へ託した想いをシャムロックが受け止めてくれたことを思い出し、無意識のうちにその時を真似ているのだろう。そして、それが許しであったようにシャムロックはますます彼女の身を引き寄せて、指の間を流れる滑らかな感触に安堵のため息をついた。
 こんな、他人に甘えるような行為をしたこと自体がいつ以来なのだろうかと、ふとシャムロックは思い返す。少なくともここ数年は家族以外に見せることを許した覚えがない。それはつまり、いつしか彼の中でタリズマンがそれだけの位置に在るようになっていたということであり、
「そうか、そうなんだな」
 呟きは彼自身の中を理解のともしびとなって照らし出す。『家族を苦しめるのは、これでもう終わりだ』……それには間違いなく、この腕の中の存在も含まれているのだ。
「え? なにが?」
「なんでもないさ」
 不思議に思って顔を上げようとするタリズマンを制するのは、シャムロックの笑い混じりの言葉と髪を梳く指の動きだ。それに彼女は少し考え込んでから、繋いだ手を解いてもぞもぞと身をよじり始める。それがどうやら今度は手だけでなく身を返したがっているらしいと察したシャムロックが体をずらすと、ありがと、と言いながら躊躇なくひょいと膝に滑り込み、とんと背を預けた。
「どうした?」
「もう少し話をしよう。ラナーが上手くやってくれてるから、まだごまかしは利くはずだよ」
「ラナーが、か」
 確かに、同室の人間の協力がなければこんなことはできまい。恐らく進んで同室者の脱走の片棒を担いだのだろうラナーの心中はどんなものなのか、と思いに沈んだシャムロックを、意味ありげな視線が見上げてくる。
「ラナーは、いいパンチだったって褒めてくれたけど?」
 はは、と苦笑しながらシャムロックは殴られた頬に触れた。そこにはもう焼け付くような感覚はない。
「君に殴り倒される日が来るとは思わなかったな」
「甘く見んなよ? 純粋な力じゃシャムロックに敵わないけど、カバーの仕方なんていくらでもあるんだ」
 意図したのとはまったく違う方向の返答にシャムロックはまた笑う。そして改めて、そんな言葉も含めて、見えない部分で自分たちをフォローしてくれるラナー、いや彼女だけではない、ウィンドホバー、アバランチ、ワーロックやクオックスなどなど……ここまで苦楽を共にしてきたエメリア軍の皆に深い感謝を捧げた。同時に、犯した事柄に対する少なくはない責任をいかにして取るべきなのかとも考えるが、しかし今だけはそれらを忘れシャムロックは言う。
「そうだな、君は相変わらず地上攻撃が苦手だしな」
「う……。あ、あれは経験がものを言うって話だしさぁ」
 今度はタリズマンが言葉に詰まり、シャムロックからふいっと顔をそらしてしまった。そんな彼女の前で手を組み、その体を抱え直すように膝を揺らして、
「それでいいんだろう? 『カバーの仕方なんていくらでもあるんだ』」
「……うん」
「さて、それじゃ、なんの話をしようか?」
「なんでも。私が、シャムロックの話を聞きたいんだ」
 また背を預けて見上げてくる眼差しに、彼女がなにを考えているのかなんとなくわかった。だから身にかかる重みをいっそう心地良く感じながらシャムロックは微笑む。その脳裏には、いつも身のどこかに忍ばせている、タリズマンにはすでに数度見せたことがある一葉の写真が浮かんでいた。日の光の中、サンディブロンドと翠の瞳を揺らししとやかに微笑む妻と、父に似たブラウンの髪をまとめわずかに青みがかった焦げ茶の瞳をレンズに向ける娘と、そしてシャムロック自身が並んで映る家族の肖像が。
「じゃあ、そうだな、また僕の家族の話を聞いてくれるか?」
「喜んで!」

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