ヒーロー
「ヒーローの条件とは何か?」
カツカツと、切りなく白いチョークを鳴らす哲平。それと背中合わせになるように教卓に座っていたチャーリーが、顔をしかめる。
「ああ?」
「ベーツにお前を皮肉ってんじゃねえよ」
「……」
不機嫌極まりない顔を隠そうというのか、ひざを抱え込むような姿勢になってチャーリーはぼそりと答える。その視線は、床に転がった、誰かが落としたのだろうシャープペンを無意識に睨みつけていた。
「セーギカンってヤツか?」
「正義感ね、んなモンはいらないね」
黒板に向かったまま、白く染まり踊る自らの指先に哲平は目を細める。
「生き残る覚悟」
「あん? 生き残ったヤツが勝ちってか?」
「そーじゃないね、最後に全部を覚えてるヤツの勝ち、ってな」
でーきた、とつぶやいて哲平がお情け程度に手に残ったチョークを置いた。パンパンと粉をはたき、チャーリーに振り返る。
2-Eの教室の黒板には、現在の二人の真実-憤怒界最深部の経路が細部にわたって書き起こされていた。
「さてと、検討しますか? あの二人のさらわれた場所」
「……ああ」
---------------------------------------------------------------
天秤
天秤は現在、均等だ。
真歩はそう思いながら、腕に括りつけているCOMPを操作する。指示通りポップアップして表示された月齢は15。フル・ムーン。満月。潮力。流れる水、流れる血。満ちたる月と欠けたる悪魔、その慟哭とは無貌であった。
狂人の詩か言葉遊びのように、ただ無為に言葉をつなげていく。
「だいぶ人間離れしたもんだな。私も」
声に出して、思考を切り替える。
「そう思わない?」
問いかけたのは、肩に控える漆黒の烏。
「ヤタさんは冷たいよ、一言鳴いてくれてもいいじゃない」
答えなど、期待していないが。
「っていうか静かだね。私のせいなんだけど」
笑ったように、烏が首をかしげる。
有する勾玉が揺れて、チリと音を立てた。
「だってさ、気持ちだけで、全部がまっすぐになんかならないよね。
気持ちだけで、人が人であることなんか出来ないよね」
烏がまた、首を動かした。
真歩の叫びを肯定して。
「なんで宮本くんはさ、それくらい、わかんないわけ?」
返事はないがゆえに、
天秤はもう永遠、均等だろう。
---------------------------------------------------------------
≪正義≫
走る。
息が弾んだ。それでも走る。また悲鳴が聞こえて、更に足を速める。階段を舞うように下りて見える先、
体育館に通じる通路から迷い込む餓鬼の群れ。
悲鳴を上げる生徒達。
それを押しのけて、前に出る。
すがるような声があがる。
「白川さん!」
両手に一丁ずつ構えたサブマシンガンの引き金に指をかける。
全く馬鹿馬鹿しいことに、それくらいのことが出来てしまうだけの肉体を持ってしまった。
『オマエの言ってることって、理想じゃん?』
問題はそんなことじゃない。
『ねーちゃんの正義は、敵がおらんと成立しないんやな』
これを引くことが、正義だなんて思っていない。
ここはおかしい。
おかしいことは、誰かが正すべきなんじゃないのか!
『たとえ、100人を生かすために99人を犠牲にしてもですか?』
問題はそういうことじゃない!
「無視できないじゃない、目の前で泣いてる人を!」
引き金を引け。
これは逃げじゃない。
---------------------------------------------------------------
ひこうきぐも
窓の外は暗い。
惜しいことをした。
そう思いながら、聞くともなしに放送を聞く。
ついさっきまで見えていた青空がない。
「なにいっしょけんめ見とるん?」
この声は、知ってる。
隣に立った背の高い影。
「飛行機雲が見えなくなったの」
「へっ?」
「さっきまでね、きれいに見えてたんだ」
「ははっ、最高やん。月さんレベルの天然やったんや自分」
「至極本気なんですが」
「開き直っとる、ワケやないね。さっきの放送聞いとった?」
「ん、魔神皇でしょ?」
「それでも飛行機雲が重要なんかいな」
「飛行機雲、って、現在進行形だから。出発点がなくなっても、目的地を目指す」
受け止められずに手から零れ落ちる記憶や
曖昧にしてしまった過去の先にこそ、なおひたむきで峻烈な現実がある
「私もそうするつもりだから、気になったの」
「ふうん」
ここが何処であろうとも、如何にしても尽きない現実へと突き進む
「……せやったら紺野さん、魔神皇にケンカ売り行くんやけど、一緒にどや?」
「いいよ、行く」
叩き返してやろう、この世界の賢き子供に
それが我らの限界だと
---------------------------------------------------------------
【ムド】
何かが引っ付いている。そのせいで自分の肉が煩わしい。
オマケに脳が揺らぐような感覚が、身体を支配している。
気持ち良くはない。
無理やりに目を開けると、そこには、見知った少女の顔。
「よ、よかったー! 黒井君生きてるっ!」
「……オマエなあ」
どうして人の身体にのしかかって、そんなアホらしいセリフを吐くのか。
寝込みでも襲う気だったのか、いや、この少女に限ってはそれもないだろうが。
「だ、だって心臓が動いてるか確かめて! それでその、ああもう!」
「あー、そっか、オレ死んだのか」
呪殺魔法でやられると、どうにも混乱する。
痛みも何もなく、一瞬にしてケリがついてしまうから、死んだという自覚が起きない。
もちろん、『死ぬ』という感情への圧迫もなく死ぬから気分もチグハグだ。
寝て、起きたのと、変わらない。
「なあ、オレ死んでるとき、身体って冷たくなった?」
「ほえ? ううん、そんなことなかったよ」
「そうか」
変に納得した。
あと、少し安心した。
---------------------------------------------------------------
望まない
『私と一緒に来てくれませんか?』
『じゃあ、一緒に、探しに行こう』
最初に交わされた、ささやかな言葉。
それは約束だったのか。それとも、ただの、音だったのか。
「玲子」
確かな自分の身体に対して、無常なまでに無力なはずの言葉。
その手を取るほうが、よほど君を感じるのに。
そんなことすら忘れる恋を超えた激情。
「俺はまだ、見つけてないんだ」
傷が無いことは嘘だ。
死なないからって投げ出せないくらい生きてる。
君は生きていた。
「だから、もっと、一緒にいよう」
何もない分、何かが出来る。
悲しいくらい中途半端な今が生む劣情。
「会いに行くから」
この想い、願わくば、君に届く愛にならんことを。
---------------------------------------------------------------